最低最悪な俺の今の状況を聞いてくれ
1:今、天王星のwiki見てきたら軌道傾斜角(i) が0.774°だった:2009/03/29(日) 20:04:21 ID:2A3ZPqkI 自分は大学生で、性格も普通(だと思う)
普通の家庭に育った。普通の男。
最初の最悪な状況だけど、大学を2年留年することが決まった。
留年の理由がこれまた最悪で、なんだか意欲がなくなったっていうか
大学に行く意味がよくわからなくなって、ずっと家でパソコンいじってた。
親には学校に行ってるって嘘をついている。ほんと最低。
バイトも最近行きだしたって言ってるけど、ほんとはしてない。
そんな最悪で最低な生活をしているときに
親からの連絡があったんだ。
親父が入院することになって大変だから帰ってきてほしい
2年も留年したんだから、これからのことをちゃんと聞かせてほしい
そんな連絡だった。
親父は透析っていうのを受けていて
健康状態はかなりよくない。ちなみに身体障害者1級っていうのになるらしい。
それでも、2ヶ月前に会ったときには入院するほどでもなかったと思う。
親父のことはかなり好きだし、普通に心配だった。
それにこれからのこともちゃんと話さなきゃとも思った。
だから連絡があった次の日に家に帰ることにしたんだ。
そんなに急ぐわけでもなく
いつもどおりに家に帰ったきたけど、最初かあちゃんの姿をみたら
(あれ?かなり疲れてるな)って思ったんだ。
見ただけで思うんだから、本人はかなり疲れてたんだと思う。
どうしたの?って聞くと、親父の容態がかなり悪くてずっと看病してたそうだ。
親父は、熱が出て、意識がモウロウとしていて、おまけに眠れないっていうかなりひどい状態だった。
その状態が2日間も続いて、それを寝ずにずっと看病してたんだって。
そして、いまからまた病院に行くってかあちゃんが言ったから
今晩は俺が看病するよ。って言ったんだ。
俺はよく言ったあとに後悔する人間で
(あ、やっぱりめんどくさいかも)って思った。んー最低。
でも、一度言ったことだし、しょうがないかって看病することにした。
かあちゃんは「そりゃ助かるわ!」ってうれしそうな顔してた。
「やっぱめんどくさい」とか言わなくてよかったって思ったね。
一度言ったことは最後まで責任持てる人間になりたいもんだよね。
すぐに家を出て、親父が入院している病院に向かった。
夜の10時くらいだったかなぁ・・・
病院に着いたら、なんとなく行きたくない感じがあったんだけど
たぶん、親父の弱った姿を見たくないからだったと思う
まぁ、そんなこと言ってられずに親父の部屋に向かった。
聞かされたとおり、かなり弱ってて、かなりきつそうだった。
俺は「とおちゃん帰ってきたよ。大丈夫?」ってありきたりな感じで言った
親父は一言「おう」って感じだったとおもう。
なんかその一言のトーンだけで、めちゃくちゃやばい状態だなって感じたね。
かあちゃんが親父に「今日○○が泊まるって言うんだけどいい?」聞いた
親父は「いいよ」って少し声を張って言った。
いやだとか言われなくて安心したね。ちょっとうれしかったしね。
かあちゃんが帰る前に、妹が卒業写真を見せにきた。
親父は目もあんまり見えてないみたいで、軽く相槌うつ感じだった。
俺もみたけど、あんまりかわいくない妹が満面の笑みで写ってた。
まぁかわいんだけどね(笑)
そして母ちゃんと妹はさきに帰っていった。
親父と二人きりになってかなりの時間、沈黙が続いた。
それは変な沈黙じゃなくて、俺と親父はいつもこんなかんじ。
親父はきつそうだったし、俺はなにもせずに親父を見てた。
正直、なーんにも考えてなかった。ただぼーっと見てただけ。
そのうち親父から水がほしいとかの声がかかったくらいで
とくになにもすることもなく時間が過ぎていった。
俺は麻雀を覚え始めようかなってとこだったから、
携帯の麻雀ゲームをダウンロードしてピコピコやってた
となり空いているベッドがあったからそこで1時間くらい寝て
あとは親父のそばで携帯いじりながら座ってた。
眠かったけど、看病だからこんなもんかってがんばって起きてた。
そしてあっという間に朝になった。
親父はやっぱり眠れなかったみたいだったけど「おはよう」って言ってた。
朝だしなんかしゃべろうと思ったけど、親父は呂律が回らない感じだった。
なんか唾液が出にくくなってるらしく、口があまり回らないらしい。
だったら水を飲めって話なんだけど、透析の人はあまり水分を取っちゃだめで
水を口に含んで「くちゅくちゅ、ぺっ」ってするようにしてたみたい。
この日は、いまいる病院からでっかい病院に移る日だった
親父は「かわいい看護士がいっぱいいるぞ」なんてこと言ってたな
俺は「そんなんどーでもいいよ」なんて言いながらちょっと期待してたのは秘密。
ちょい寝まs
どんな展開になるんだろ
続きが気になる
>>11
誰も見てなくても続けるつもりだったけど
やっぱ見てくれてるとうれしいもんだね。ありがと
朝食の時間がきた。さっきも言ったとおり、唾液が出にくくなってるから
ご飯があまりうまく食べられないみたいで、いままであまり食べてなかったらしい。
でも俺が「ご飯食べる?」って聞くと、「がんばる」って一言つぶやいた。
言ったとおり親父はご飯を食べた。
すべて食べるとまではいかなかったけど、8割は食べたと思う。
ほんとにがんばってた。
一番きついことが血圧があがらないこと。
誰もが血圧測ったことがあるとおもうけど、大体
上が(100~140) 下が(60~90)くらいかな?
でもこのときの親父は上が 40 しかなかった。
起き上がると一気に血圧が下がって目の前が真っ白になるらしい。
意識がモウロウとしているのもここからきてるが一番おおきいとおもう。
でも親父は、がんばって起き上がって食べたんだ。言ったとおりに。
そして食べ終わると「○○(俺)がいると元気がでる」て言った。
なんだか、うれしいような。悲しいような。
こんな大学サボってて、嘘ついてた馬鹿息子でも元気がでるの?
もっとちゃんとしてればよかった。とかいろいろ思った。
でも、俺がいるだけで元気が出るって言うんだから、そのくらいならいくらでもしてやる。
いまこれ書いてるとこ、姉ちゃんに見られて焦ったw
ご飯を食べた親父に、病院の看護士は「大丈夫?」って言った。
心配するくらいすごいことをしたんだと思う。
母ちゃんは「おぉ!すごいやん!」ってとってもうれしそうな顔してた。
俺が「ぐっすり眠れた?」って聞くと「うん!おかげさまで!」って元気に答えた。
ちょっと後ろめたさはあったけど、帰ってきてよかったって思ったね。
最低だけど、役に立ってんじゃん とか 馬鹿なこと思ってた。
そして救急車みたいな、患者を運ぶやつに親父と一緒に乗って大きな病院に向かった。
親父は「せっかく救急車乗れると思ったのに」って笑って言った。
「残念やねw」って俺も笑って答えた。
移動ってのは患者にとってかなり体力を使うみたいでちょっときつそうだった。
何回か口に水を入れて「くちゅくちゅ、ぺっ」ってしてあげた。
(俺看護してるぅ~♪)なんてちょっと親孝行した気分になった。
それよか早く大学卒業して、働けって感じだよなw
病院に着くとまず大部屋に連れていかれた。4人部屋、ほかの患者もいる部屋ね。
この部屋は入院費は無料で、親父には悪いけど、我が家もお金があまりないし(俺のせい)
ちょっと我慢してもらおうと思ってた。
だけど親父が母ちゃんに「ねぇ、一人部屋がいい。一人部屋にしようよ」って小声で言った。
母ちゃんは「一人部屋は、一日五千円かかるんよ?それでも一人部屋がいいの?」
親父「一生の願いや」笑いながら言ってたな。
こんとき俺は(えぇー・・・もったいない)なんて今からこのときの俺をぶん殴ってやりたいような
ほんと最低なこと思ってた。
んー。俺どうしてこんな馬鹿なの・・・
それに大部屋だと付き添いで何時までもそばにいられるんだけど
大部屋だと夜の七時が面会できる時間だった。
親父、一人はさびしかったんだと思う。それに眠れないし。不安だったんだと思う。
母ちゃんは「わかったわ。じゃあ一人部屋にしようね」って結構すぐ決断した。
入院期間は2週間って予定だったし、7万円かな。
俺働かないとって思ったのも事実。はよバイトしとけ俺。
お医者さんは、血圧40で生きていられるのが不思議、どちらにせよ危険な状態って言われた。
今日と明日で検査をして、それから治療を考えますってことだった。
親父は笑って「ちゃんと生きてますよ」って答えてた。呂律が回ってない弱弱しい声で
それでも俺は安心したんだ。頭はハッキリしてるじゃんって。
ご飯も食べれたし、なんとかなるだろうって。
親父のことだから、なんの心配もいらないって。
俺のもっとも尊敬する人だからね。よくなってもらわないと困るって感じだった。
大きい病院に移動した初日はWBCの決勝戦だった。
みんな知ってると思うけどイチローが活躍したやつね
それを見て俺が「やっぱイチローはすごいなぁ!」って言ったら
「やっぱりな」って少し上から目線だったな。
いつもどおりの親父で笑ったw
イチローが打ったら親父は元気になるなんていうしょうもない賭けをしてた
しょうもないけど勝ってよかったよ(笑)
その日の夜、親父は眠れないだろうから漫画とかiPodとかいろいろ準備して、寝ない気満々だった。
でも、親父のイビキが聞こえてきたんだ
寝れたんだな、俺も寝ようかなって思ったけどなんとなく起きてた
その夜はわりと何事もなく過ぎたね。
途中少し起きた親父の口すすいであげたくらいで、特に会話もなかった
朝になった。
たぶん本人にとってはかなりきつい食事だ。
俺が「ご飯食べれる」って聞くと「がんばる」って小さな声で答えた
なんだかその言葉が やけにせつなかった
親父は昔よく食べる人だった
暴飲暴食。この言葉がしっくりくる。
このせいで肝臓を悪くして透析するようになったのだから
自業自得といえば自業自得だ。
お酒も飲めなくなったし、ご飯もあまり食べなくなった
俺がお酒飲めるようになったら一緒にたくさん飲もうと思ってただけに残念。
朝の食事。
食べれらるように体を起こす。
起こすと血圧が急激に下がる。親父は我慢強い人で弱音を吐くなんてことめったにないけど
起こしたときは「あ゛ああああ!」って声をあげる
目の前が真っ白になるらしい。
俺も貧血のときに目の前が真っ白になるが
なるっていっても十秒程度。だけど親父は一分から五分、悪いときはずっと真っ白らしい。
寝たきりだったから肩こりでサロンパスをはっていた。
見るからにボロボロの状態だった
それでも親父はご飯を食べた。
唾液が出にくいから食べやすいお粥。ゆっくりだけど少しずつ食べていった
途中また目の前が真っ白になり、頭が痛くなって「あああああ!」って声上げながら
普通はこういう光景を見ると可哀想という気持ちになると思ってた。
だけどそのときの俺は(がんばれ!もうちょっとだ)って応援する励ますことしか頭になかった
どんどん食べて元気になってほしい
だから少し無理してでもご飯を食べてもらいたかったんだ
この食事もがんばって8割は食ったと思う。
俺は(全然大丈夫じゃないか、こんなにがんばってる。きっと良くなる)って信じてた。
それでも、ときおり見せる親父のきつそうな表情が俺を不安にさせた。
たぶん、俺の想像以上、いや、もう考えられないくらいきつかったんだと思う。
でも親父はつらい表情をあまりみせなかった。
つらさなんて本人にしかわからない。つらかったらつらいって言ってもいいんだよ親父。
この日は昼から検査があった。検査の時間まで親父とたくさんしゃべったな。
しゃべると口が渇くから、何回も何回も口を水ですすいでやりながら話した。
でもこのときからだったかな。親父が少し変なこと言い出したんだ。
親父「あのな、あれはなんだろうなぁ・・・エジプト・・・シンガポール・・・
いやちがう、アラブだ」
俺「なにそれ?」
親父「いやな、いろいろな世界の景色の絵が見えるんだよ。目をつぶると自分がその景色に
飛んでいけるんだ。そして目をあけると現実にもどる。
そしてまた目をつぶると別の世界の景色の絵に変わってるんだ」
俺は親父が嘘をついているようには感じなかった。おかしくなったとも感じなかった。
ちょっとは変なこというなぁとは思ったけど。親父の話を真剣に聞いた。
俺「すごいなwいろいろな景色が見れていいじゃんw」
親父「はは、そうかも」
旗から見たら、ほんとおかしな会話だと思う。実際書いてる今の俺もそう思う。
でもこのときの俺は楽しかった。やたら変な会話がとっても楽しかったな。
しばらくすると検査の時間がやってきた。
俺「いってらっしゃい」
親父「うん」
1時間もしないうちに親父は帰ってきた。母もこのとき病院に来た。
俺「どやった?」
親父「うーん・・・」
ごめん。引越しとかしてて時間がなかった^^;
見てくれてありがと。
この日は俺が人暮らししてるところに帰る日だったんだ。
親父が心配でも大学に行かなくちゃいけないし。
そろそろ卒業しないとほんとにやばいからね。今も十分やばいけど。。。
母「ちゃんとがんばって卒業するんで!」
俺「うん。がんばる。」
なんか一年前も同じ会話したような気がする・・・
母「パパ、ムー(めんどいから俺の仮名)帰るってよ!」
父「おぅ。世話になったな・・・」
これからほんとにがんばろう。気持ち入れ替えて。
親孝行もしたいし。お金もちゃんと稼げるようになって自立しなきゃ。
今までにないくらい色々なことを考えた。
そして気合を入れなおして電車を降りたそのとき、携帯が鳴ったんだ。
なんだかこの言葉が妙に切なかったなぁ。
俺は首を縦に振るだけで何も言わずに病院を出た。出てから気持ちは変わっていた。
今まで自分は何をしてたんだと、なぜ意味もない時間を過ごしてきたんだと。
後悔しながら、それとこれからのこと考えながら電車で帰った。
はやく気合いれなおせって話だよな・・・w
でも確かに親父が入院したことで気持ちは前向きになったんだ。
遅かろうが、なんだろうが、親父が入院することがきっかけになった。
ほんと・・・追い詰められないとなにも気づかないというか、最悪だよな。。。
電話は母ちゃんからだった。
俺「もしもし?」
母「いますぐ帰ってきよ!パパが急変した!」
俺「え?」
母「パパが透析してるときに急変したんよ!いますぐ帰ってきよ!
それと休学の手続きもしといで!」
こういうときよく状況がわからなくなるって聞くけど、俺は意外と冷静だった。
(そっか。親父死んじゃうのか・・・) もうちょっと焦ってもいいよね俺。
俺「わかった。手続きしてすぐ帰るから」
俺は少しおかしいのかもしれない。
まず、一人の自分がいる。この自分は社会で生きていくために作られた自分みたいな感じの自分
そしてもう一人がその自分を客観的に見る自分。
どっちが本当の自分かなんてよくわからない。たぶん両方とも自分なんだと思う。
このとき客観的に見てるほうの自分が
(こういうときは走るべきじゃないか?)ってなことを思った。
(そうだよね。走るべきだ。走ろう!)そして俺は走りだすんだ。
衝動的に体が動くなんてことは俺にはない。そういうのを聞くと憧れる。
一度頭で考えてそれから世間的にその行動がOKなのか否か、考えてしまうんだ。
みんなどうなんだろ?
うん、妙に冷静なもう一人の自分なんてふつうにいるよ
いい話だが焦らしすぎだw
はよ書いてくれ
>>48
焦らしているわけではないんだw
なるべく早く書くようにはしているつもりなんだが・・・
やはりもう一人の自分が自分を客観的に見ているなんてのは結構普通のことなんだね。
なんだか安心したよ。みんなありがと。
そしてこのとき言うんだ、もう一人の自分が
※(ここは走るべきじゃない?)
(そうだな、走ろう。)
こんなこと思ってる時点でなんか自分が情けない。何も考えずに突っ走れよ!って言いたい。
走ってるとき、少し重たいショルダーバッグが邪魔だった。
(投げ捨てようか?いやまてよ・・・中には財布も携帯も入ってるし・・・)
こんなどーでもいいこと考えながら走ってたなぁ。泣きながらだけどね。
今自分が泣いてることにも
※(今泣いてる。周りからどんなふうに思われてるんだろ。泣きながら走るとかちょっとかっこいい?)
とか言ってるもう一人。なんか書きながら悲しくなってるな・・・
泣きながら走って家まで着いた。
邪魔だったショルダーバックを少し軽くして、自転車で大学までいった。
休学の手続きをしてから、また家まで戻って、着替えとか、必要なものをショルダーバッグに詰め込む。
また少し重たくなって邪魔。でも今度は自転車で駅まで向かうからそこまで気にしない。
電車が来る時間帯は1時間ごとと決まっていて、いつ駅に電車が来るかわかっていた。
いまから自転車で駅まで行くと確実に30分は待つことになる。
自転車を置く場所もないけど、なんとかなるさって自転車で駅までかっ飛ばした。
自転車で駅まで向かう最中も俺は冷静だった。と思う。
そしてこのとき不意に親父の言葉を思い出したんだ。
親父「世話になったな」
この言葉を思い出したときに、なんていうか今までとはちがう涙が出た気がした。
どういえばいいんだろ・・・んー・・・心から、心の奥底から涙が出たっていうか
世話になったな が俺への最後の言葉かよ!ってやりきれない気持ちだったなぁ
涙が止まらないってこういうことを言うのかなって思った。
俺は、自転車乗るときでも、ちょっとそこまでコンビニ行くにも、iPodを聞くんだけど
このときはどーするべきなんだろうって迷った。迷う時点でおかしいと思うけどね^;
※(ここは聴いちゃいけないだろ?親父が急変だぜ?そんな音楽なんて聴いている場合じゃない)
(でもいつも聴いてるし・・・電車は2時間もあるし・・・)
かなり迷ったけど聴くことにしたよ。たしか初音ミクの曲だった気がする。
その曲聴きながら、いろいろなこと考えてた。
親父どーなんのかなとか、これから俺どーしようとか、母ちゃん大丈夫かなとか、いろいろ。
駅まで着くと案の定かなり待つことになった。
自転車は鍵が一個しかないし、はいどうぞ持っていってください的なところに置いていた。
なんだか急に自転車取られるといやだなって思ったんだ。そんなことどうでもいいだろうにね
そしてまだ時間もあるし、一度家まで戻って、自転車を置いて歩いて駅までもどってくることにした。
運動は適度にしてたほうがいいよ。もうね、ペダルを踏む力が出ないでやんの俺w
息もちょー切れちゃって、坂道とか自転車押して歩いてんのwもうダメダメw
結局家まで戻ってきたんだけど、歩いて駅まで行ったら電車に乗り遅れちゃうからまた自転車で駅まで向かった。
なんでこんなことしてたんだろうねぇ・・・いま思うとテンパってたのかもしれないね。
でもなんか考えるてるとやっぱり最後に、俺この2年間なにしてたんだろってことにぶち当たる。
親父透析してたのに、バイトもしないで、家にこもって、母ちゃんに心配かけて
なんて俺最低最悪なんだろって、そればっか思ってた。
いまさら思ったって遅いんだよな。時間は待ってはくれないってことをなんだか初めて実感したよ
そう、なーんにもしなくても時は勝手に流れていっちゃう。
そのことを後悔してるときも流れていっちゃう。
なんて残酷なんだって思ったけど、そう思わせたのは俺なんだよね。俺まじしっかりしろ。
電車で帰っている途中で母ちゃんから電話があった。
もちろんデッキで電話を取る。
俺「もしもし?」
母「妹が病院に向かってるから、それに乗せてもらってきな」
俺「わかった」
嫌な電話じゃなくて安心したよ。結構ドキドキだった。
ドキドキしてたのはしてたけど、なんていうか。顔が真っ青になるみたいな感じではなかった。
妙に実感がわかないというか、親父が死ぬなんてこと、想像できなかったんだと思う。
ほんとにやさしい父で、まじめに怒られたことは1回しかない。
いつも穏やかで、でもちょっと天然でw そこにだまっているだけでも場が和む。そんな人だった。
尊敬してたし、いままで大きな病気になってかかったこともなかった。透析を始める4年前までは。
透析をし始めたときでも、親父ならなんとかなるだろうって勝手に思ってた。
透析は週3回、全身の血を入れ替えるんだけど、これをやってる人はたくさんいる。
30年間透析で生きている人、透析しながら仕事をしている人。 透析によって助けられてる人は確かにいるんだ。
親父もそうなんだと思ってた。きつそうな感じなんて全然見せなかったしね。今思うとずっと我慢してたんだね。
親父は半年前から仕事に行かなくなっていた。
ちょっと具合を悪くしただけだろう。また仕事に行けるさって思ってた。
そのときの少し弱った親父を俺は直視できなかった。見てたんだけど、見てみぬふりをしてた。
誰だって、大好きな人の弱った姿なんて見たくないだろ?
だけど、ここで俺は見ておかなくちゃいけなかったんだ。現実を受け入れて、今の親父の状況を。
目を逸らしちゃしけなかったんだ。 俺、なにやってたんだろ。
駅に着いたら妹に電話をした。姉も一緒に向かいに来てくれていた。
俺「おう」
姉、妹「おかえりー」
姉「とんぼ帰りで大変やったねw」
俺「うん。ちょい疲れた」
姉「あははw」
いつもどおりの会話、親父のことについてはあえて触れないような会話。
俺たち兄弟は仲が良い。たぶんものすごく仲が良いと思う。
たくさんしゃべるし、たくさん遊ぶ。だけどまじめな会話はあまりしたことがなかった。
暗い話とか、つらい話とかはなぜかあまりしない。だからことときもそうだった。
お互いに暗くしないように、沈黙を作らないようにしゃべってる感じがした。
特に姉がそうだ。あまり頼りない姉だけど、いるだけで楽しくなる姉だった。
いつも家が暗いと、しゃべりまくって元気付けてくれる。 いい姉だ。
妹は逆に冷静なタイプ。いつもぼーっとしているように見えて
いざいうときに力をはっきする。 意外と頼もしい妹。
2人とも俺を好いてくれている。俺も2人が好きだ。
ここで俺がしっかりなきゃいけなかった。2人を、家族を支えなきゃいけなかった。
俺は男なのだから。長男なのだから。
男だからしっかりしなくちゃとか今時はやらない?今時そんなことない?
俺もそう思ったこともある。前はそうかもしれない。
でもやっぱり男ってのはそういうもんなんだと思う。これは男に生まれてきた宿命だと。
ちょっと大げさかもしれないけど、今はそう思っている。
みんな見てくれてありがと。コメントとてもうれしいです。ほんとペース遅いけど最後まで書きます。
書きながら俺も少しずつ変わっていけてる、気がしないこともないです。
書き終えるころにはちょっとでも成長してたいなぁ・・・なんて。
病院に着くと親父のいる部屋に向かった。
以前は5階の個室だったが、今親父がいる部屋は6階の特別室だった。
高級ホテルなみの大きな部屋だ。1日1万5千円かかるのだが、あいにく今空いている部屋が
特別室しかなく、1日5千円と同じ値段で使わせてもらっていた。
親父は大きなエアーベッドで寝ていた。俺は最悪な状態も覚悟していたのだが、なんとか命は保っているようだった。
俺「親父、俺。ムー。帰ってきたよ」
親父「・・・ぉぅ。」
小さな返事。今の親父はその返事が精一杯のようだった。
鼻には酸素を送られ、体には心拍を測るコードをつけられていた。
痛々しかった。親父の姿をあまり直視したくなかった。
でも今の親父はこういう状態なのだ。逃げてばっかりいてはいけないと親父のそばに寄った。
目もうつろな感じで、寝心地が悪そうだった。親父は心不全にもなっている。
心不全の人はたいてい眠れないらしい。体の落ち着く場所がないのだという。
眠れたら、少しは楽になるのだけれど、それも許されないのだ。
部屋には、母、父の祖母、姉、妹、俺がいた。6人家族、以前はこの6人で暮らしていた。
祖母はよくしゃべる人だが、このときはさすがに静かだった。
しばらくすると、祖母と姉が帰ることなった。姉は明日仕事で、祖母はこの場いられないといった感じだった。
祖母が部屋を出るときに小声で「たのむね。ムー。」という声が今まで聞いたことがないような、切なく小さな声だった。
姉と祖母が出て行ったあと。
母「休学の手続きはできた?」
俺「うん。母ちゃんが書く書類もあるからあとで書いてね」
母「わかった」
母もいつもの元気がない。そりゃそうだ。大黒柱が今にも倒れそうなのだから。
俺と母と妹と3人で親父の姿を見ていた。何食わぬ会話をはさみながら。
すると俺の携帯に一本の電話がかかる。知らない携帯からの電話だった。特別室は携帯はおkなのでそのままでることにした。
俺「もしもし?」
??「だれかわかるか?」
俺「ん?どちらさまで?」
??「おいちゃん。おいちゃんだ。あなたの父の弟の」
俺「あぁ!おいちゃんか!」
それは昔から付き合いがある、おいちゃんからの電話だった。
甥「いまから誰も周りにいないところに移動しなさい」
俺「え?あ、はい」
どういうことかと思ったがそのまま従うことにした。
実はこのおいちゃん、俺はかなり苦手だった。嫌いというわけではない。実際できた人だし、いい人だとも思う。
親父とは正反対の性格をしていてよくしゃべるのだ。俺も親父と一緒でゆっくり考えて発言するタイプだ。
でもこのおいちゃんは休む暇もなくガンガンと自分の意見を言ってくる。そのペースについていけないのだ。
だから苦手だった。でも悪い人ではない。そんなおいちゃんからの電話だった。
甥「親父はどーだ?」
俺「うーん・・・。すごく悪い。」
甥「そうか・・・。おいちゃんもな、さっきお前のお母さんから聞いてびっくりしたんよ
まさかこんなことになるなんてな・・・」
俺「うん。。。」
甥「 これからどーするか? リーダー 」
俺「リーダーって…俺?」
甥「当たり前や!お前以外に誰がおる!」
俺「あぁ…はぁ……」
甥「はぁ…じゃねぇよ!お前がリーダーや!サッカーで言うとお前が中村俊介だ!」
甥は大のサッカー好きで、よく人生をサッカーに例えて説教する。まぁ、わかりやすいけど…
甥「いまこのチームは大事な中心プレイヤーがケガで出場できんのや
その穴を埋めるために抜擢されたのがムーたい
キーパーが母ちゃんたい。姉ちゃんが少し頼りないけどガッツがあるセンターバック
妹が秘密兵器、いざというときに力を発揮するやつたい。ばぁちゃんが監督や。」
なんとなくそれっぽいのが逆に悔しい…w
甥「さぁ、このチームはお前次第や」
わかって言ってんだとは思うが甥はおいちゃんの略だろう
気になって時々来てはまとめ読みしてる。
朝の来ない夜はないとか一番暗い闇夜は、夜明けの少し前とか。
俺も結構八方塞がりで厳しい状況だが頑張ろうぜ。
>>86
携帯で書き込むことに必死で素で間違えてました・・・w
みんなも見てくれてありがと。おかげでがんばれます。
このチームはお前次第。いきなりそう言われても、どうすればいいのか。
(なんで俺が?この家のリーダーは母ちゃんだろう。俺にそんなことできるわけがない)
情けないことを考えていると、いつも言われ続けたあの言葉がおいちゃんの口から
叔父「お前は男なんだから!男はお前一人や!」
ずっと昔から言われ続けたこの言葉。男だから。家を守っていかなければいけない。
世の中ではこれが普通だ。男だから跡を継ぐ。男だから家を守る。
俺が昔から言われ続けて、そして大嫌いな言葉だった。
情けないかもしれないが、そんな責任、俺には無理だ・・・いや、やりたくない、めんどくさいと思っていた。
だけど、このときはそんなこと言ってられる状況じゃなかったんだ。
叔父「お前はリーダーとして、どうしたらええんや。どうしようと考えとるんや」
俺「んー・・・・」
叔父「さぁ、考えろ考えろ。お父さんのこと、お母さんのこと、姉のこと、妹のこと、おばあちゃんのこと
さぁ、考えろリーダー」
俺「・・・俺が、めちゃくちゃハイテンションになる」
考えるまでもなかったことだ。わかってた。でも、誰かがやってくれると
姉がやってくれるだろ。妹がやってくれるだろ。母ちゃんが。 ほんと馬鹿だったなぁ俺。
叔父「わかったとるやんw お前が元気ならみんなも元気になるんや!
今は落ち込んでる暇なんてない。後悔するときでもない。
空元気でもええから、暗い雰囲気なんか吹き飛ばせ!」
俺「わかった」
このときばかりはおいちゃんに感謝したよ。おいちゃんからの電話がなかったらどうなってたことか・・・
今まで苦手意識しててごめん!ってw こんど一緒にお酒飲もう!ってw
なんて単純なの俺w
叔父「おいちゃんも何日かしたらそっちに行くから。
頼むな・・・おいちゃんはもう”その家の人”ではないんやから。」
おいちゃんは色々あって養子に行った。だから本当に男は俺だけなのだ。
電話を切るとき、気持ちは変わってきた。俺のやるべきこと、しなければならないこと。
俺が、みんなを守るんだ。
病室に入る前に、少し深呼吸をした。と思う。気合を入れなおして父の元へ寄った。
すると、妹が父のそばで笑いながら話をしていた。
妹も不安だろうに、心配だろうに。それでも、一生懸命がんばっていた。
昔から妹はすごいやつだと思ってはいたけど、改めて実感させられたなぁ。
俺なんて、怖くて近くに寄ることすらためらっていたのに、それを平然とやっていた。
母と一緒に、笑いながら自分の話を父に聞かせていた。
俺もしっかりやらないとって思った。その会話に参加して、いつもより大きな声で笑った。
別に嘘で笑っているわけではない。ほんとうに面白い話だった。けど、普段よりは声を張り上げた。
ちょっとでも、この場の雰囲気がよくなればと。
ちょっとでも、みんなの不安を減らせたらと。 自分で言うのもなんだけど、俺、がんばった。
しばらくすると、母の携帯に電話がかかった。おいちゃんからの電話だった。
母ちゃんはしばらくおいちゃんと話をしていて、その後親父と変わった。
親父とおいちゃんはとても仲が良い。結構頻繁に連絡をとっていたらしい。
親父はおいちゃんと話をするときに、きついだろうに、声を張り上げ、呂律が回らない口を一生懸命に動かしてた。
昔話をしたのだろう、親父が大きな声で笑った。何度も。何度も笑ってた。
そのときふと、母ちゃんに目をやると かあちゃん、泣いてたんだ。
俺は最初、なんで泣いてるの?って不思議だった。
親父が楽しそうに話をしてるから?
久々に親父が声張り上げて笑っているから?
なぜなんだろうと。これから何度だって話せるじゃないか。
元気になって、いくらでも大きな声で笑えるじゃないか。
母が泣くとこなんて、ドラマで感動したときくらいしかみたことない。
なんで母ちゃん泣いてるんだ?
電話が終わると、そのことを母ちゃんに聞いみた。
となりに談話室があって、そこで話した。
俺「何でさっき泣いてたん?」
母「え? あ、そうか。ムーにはまだ言ってなかったね」
俺「何を?」
母「・・・えっとね。おとうさん。あと一週間くらいしかもたないらしいのよ」
俺の中で、親父の存在はでかい。 死ぬなんてこと、ないんだと思ってた。
神様っているんだろうか・・・。
ばかなこというな!
いや、かあちゃん、きっと大丈夫!
笑ってたら大丈夫!
みんなありがと。
ほんと今バタバタしてて遅くて申し訳ない。 続き書きます。
神様。言葉は知っているけど、その意味なんて考えたこともなかった。
人ってほんと勝手だよね。いつもは全然気にもしてないものを、必要なときに頼るんだから。
でも、なんていうか。神様お願いしますって気持ちも、もちろんあったのだけれど
もう一人の自分は、あと一週間かぁって死ぬことを受け入れてた。
俺はなんなんだろ。本当は親父のこと、どう思ってるんだろ。このとき自分がよくわからなかったなぁ
母ちゃんの話を聞きながら、俺は親父との会話を思い出してた。
転院してきた初日の夜、親父が手にハンドクリームをぬってくれって言い出したんだ。
俺「ハンドクリームぬるの?」
親父「おぅ。」
親父はそんな、きれい好きってわけでもないし、そんなことしてるのを見たことがなかった。
でもぬってあげた。親父の手はとても冷たくて、触っただけで体の異常がわかる。
それくらい、冷たい手だった。
俺「こんな感じ?」
親父「うんうん、ええわぁ。 気持ちいい」
俺「それはよかった」
親父「寝てるだけで暇やからね。こんなことしか時間の使い方がないw おかしいやろ?」
親父は笑いながら言ってたけど、なんだか泣きそうになった。
俺はクリームをぬりながら、パワーを送ってた。元気になってくれって。
俺「パワーもついでに送ったるわw」
親父「おぅ。送ってくれ。はやく元気にならんとなw」
ほんと、元気になってもらわないと困るんだよ親父。
親父さん 頑張れ!
>>1が最後に書き込んでからもうすぐ1ヶ月…
めちゃくちゃ間が空いてしまった・・・
かなり申し訳ない・・・。忙しい時期ってのはほんとにあるんだよね。。。
2年間もサボってたから今付けがまわってきてるよ;;
それでもだいぶ落ち着いてきたのでゆっくり再開していこうと思います。
親父は入院してからなにを考えていたんだろう。。。
手にハンドクリームを塗ることで時間をつぶすような日々。
どれだけ病室のベッドが寂しかったのだろう。
今考えただけでも悲しくなってくるね。
それでも親父は元気になるんだって信じてた。
俺もそうだけど、なにより親父本人が信じてた。
しかし、医者から通知されたのはあと一週間という残酷なものだった。
俺はまだ実感がわかなかった。
だってそうだろ?親父は弱りきっているけど、たしかにベッドの上にいるんだ。
思い出だってたくさんある。尊敬だってしてる。
生まれてきてからずっと俺を、家族を守ってきた大黒柱は、まだ生きている。
生きているのにあと一週間で死にますなんて言われても、そんなの実感なんてわくわけがない。
だけど、もう一人の自分は違っていた。
親父が死んだあとの家族の生活。俺の進路。お金のこと。
いろいろな親父が死んだ前提の話を考え始めてるんだ。
自分って怖いよな。死ぬわけがないって思ってるのに、死んだあとのことも考えてる。
矛盾してる。矛盾してることばっかしてる。俺はいったいなにを考えているのか、わけがわからなくなってくる。
母の話が終わるころ、俺はぐちゃぐちゃになった頭を無理やり真っ白にした。
真っ白にして、(親父はなんとかなる)ってことと、(いま俺にできること)2つのキーワードだけを入れた。
そんな器用なこと簡単にできるわけないけど、そう思うようにした。今は俺がリーダーだから。
まぁ実際いろんなこと考えるんだけどねw
もうこのときのことはあんまり覚えてないんだ。必死だったから。
それほど親父の危機は俺のなかでデカイものだったんだよね。
だってこんな最低な俺を大学まで行かしてくれたんだぜ?こんなこと親にしかできない。
親っていうのはほんとうに偉大なんだよね。
世の中には色々な親がいる。他の人から見れば違う見方があるのかもしれない。
でもやっぱり俺の中での親ってのは、神様なんて余裕で超えちゃうような、それほどデカイ存在なんだ。
母ちゃんからの話を聞いて病室にもどる。絶対泣かないって決めて。
親父の姿をみた瞬間、涙がこぼれそうになる。俺ってどんだけ涙腺弱いんだよ・・・
涙腺とかそういう問題じゃないな。気持ちが弱いんだ。気合が足りない。
そりゃそうだ。こんな馬鹿で最低な俺に気合が足りてるはずがない。
それでも俺は笑った。涙を我慢した。母ちゃんと、姉ちゃんと、妹と一緒に楽しい話をした。
親父が少しでも笑ってくれるように、母ちゃんが少しでも気持ちが落ち着けるように、姉が妹が少しでも不安がなくなるように。
そして俺は思い切った行動をする。俺にとってはw
ムー書いてくれたんだな。続けてくれるんなら応援していくぜ。また空いた時に頼むわ。
応援ありがとう。続きかきやす
思い切った行動。それは、髪を切ることだ。
切るといっても整える程度ではなく、丸坊主にすること。かっこ悪いくらいね。
なんで坊主にしようと思ったかはよくわからない。ただ俺は髪を短くすることを昔から嫌っていた。
だからこの際勢いでやってしまおうと思ったんだ。なにより、親父が笑ってくれると思ったから。
坊主にしたからってぐーたらに過ごしてきた過去がチャラになるわけでもない。
でもなにか行動したかった。気合をいれるために。
俺は結構チキンなんだよね・・・w
近場の安い美容室に行ったんだけど、なかなか中に入れなかったw美容室の前を2,3回行ったり来たりしてた。
このまま帰ろうかとも思ったけど、決めたことだからって、美容室に入った。
店員「どんな髪型にしますか?」
俺「丸坊主で!!」
店員「い、いいんですか?」
俺「ばっさりいっちゃってください!」
美容室に坊主にしてくださいって来る人は少ないのか、結構驚かれたw
たぶんもう坊主にすることはないだろう・・・なにより似合わなすぎて笑ったw
店員さんは「頭の形はいいですよ(笑)」って言ってた。よっぽど似合ってなかったのだろう・・・
外見はちょっとおかしかったけど、心の中はなんだかすっきりしていた。その足でそのまま病院に向かった。
ありがとう。続きです。
病院にはニット帽をかぶって行った。なんだか坊主で行くのは恥ずかしかったし。
ジャジャーン的な感じで見せたかったんだよね。そのほうが盛り上がりそうだし。
病室には母ちゃんが先に来ていた。
母「ムーきたの」
俺「きたよー。親父の調子どう?」
母「んー。あいかわらず?w」
俺「そっか。 ねぇ、見て見てww」
ジャジャーン!
母「あははははははははhwww」
俺「すごかろ?w」
母「あはははwwwパパ見てwwwムーがwww」
親父の前に丸坊主の頭を持っていった。どう反応するかなぁってワクワクだったね。
親父「なんやそれ・・・w」
ほんとに弱弱しい声だった。聞こえるか聞こえないかわかんないくらいの小さな声。
でも笑ってた。声も顔も笑ってた。
その顔が見れただけで、坊主にした意味があったんじゃないかと俺は思ってる。
姉や妹には散々、変だのおかしいだの笑われたけど。
なんにせよ。俺の坊主で家族の笑顔が見れたんだから。
たとえばかげた事でも、俺は坊主にしてよかったと思ってる。
俺はとにかくやれることした。まずは医者に親父の容態についてもう一度詳しく聞くことにした。
お医者さんも忙しそうだったけど、なんとか時間を作ってもらった。
話を聞いてわかったことは、今現在の状況で 打つ手はないってことだった。
大きな病院に連れて行くことも考えたけど、もう移動する体力すら親父には残っていなかった。
日本の医療は世界から見てもトップレベルだ。そして主治医の先生も聞くところによるとかなり腕のある先生らしい。
その先生が打つ手がないって言うんだ。こんなことあるのかよって感じだったな。
それでも医者はそういうんだから、そういうことなんだろうと思った。
そこまで親父は悪いってことなんだよな。
きつかったろうに。つらかったろうに。不安だったろうに。
そんな時期に俺は何をしてたんだと。。。またマイナスなこと考えてしまっていた。。。そのとき。
医者「ひとつだけ。これはある意味賭けになる治療なんですが」
俺「なにかあるんですか?」
医者「今、お父さんは血圧がかなり低い状態です。血圧を上げてあげる薬は飲んでもらっていますが
それよりも強い薬を点滴として直接体に送る方法があります」
俺「え!?」
医者「しかしですね。強い薬には必ず副作用ってものがあって、今の弱りきったお父さんの体にそれを入れると
ショックで死んでしまうことがあるかもしれません。」
俺「・・・・」
医者「それに、この薬はお父さんに効くかどうかもわかりません。もしかしから効かないかもしれない。
万が一うまくいけば、血圧があがるかもしれない。
しかし、この治療は寿命をのばすのみの治療です。治るわけではありません」
俺「・・・・・」
医者「この治療。 やってみますか?」
初めて読みました。
私の両親は健在で、ハタチ過ぎた私を看護学校にまで出してくれた。
私は今年、国家試験に受かって看護師免許をとれたけど、実家を離れて鬱になって、休職という形で実家に舞い戻ってきてしまった。
いま、鬱だから働かなくてもーとか、面倒とか、看護師はいつでも働けるから、とか、ニートみたいな生活。一応休職中だけど。
でも、復職しなきゃなって、このスレ見て思いました。
私は三人兄弟の末っ子で、両親もけっこういい年。
それなのにパートとかして、私を励ましてくれたりしてる。
私何してるんだろう。働かなくちゃ
休職期間、おわったら、また頑張ってみます。>>1さんありがとう。大切なこと、忘れるとこでした。大切なこと、思い出しました。
これ釣りだったらはずいwまぁ何をいいたいかといいますと、働かなくちゃって気になりました、ありがと!親の大切さもわかりました。あと、患者さまの心情も。
主、ずっと見てるからね。ありがと!
読んでくれてありがと。紛れもなく俺の実体験、現状況だから安心してね。
これがきっかけとなって前向きになってくれるなんてうれしすぎます。
少しずつだけれど最後まで書くので、よかったら見てね。
俺はすぐには答えがだせなかった。
良くなる治療ならまだしも、ほんの少しの延命治療。それに投与した時点で死んでしまうかもしれない治療。
そんな治療、「はいじゃあお願いします」なんてあっさり言えるわけがないだろ?
治療のことは少し保留にしておいちゃんに相談した。
叔父「どうした?」
俺「あのな・・・今な・・・」
俺は医者から聞いた話をおいちゃんに説明した。
叔父「そうか・・・賭けの治療ってことやな。そしてお前はやるかどうか迷ってると。」
俺「うん・・・」
叔父「なに一人で悩んどるんや。お前には家族がおるやないか。
一人で答えだそうなんて考えたらいけん。せっかく頼もしい家族がおるんやから。
みんなにこのとこを説明せい。そして多数決で決めればいいことやないか。
ちなみにおいちゃんは治療に賛成や!治療するに一票!!」
そうだ。一人で悩んでたってしょうがない。みんなで決めなくちゃ。みんなと相談しなくちゃ。
俺たちは家族なんだから。
みんなの意見を聞くために一人ずつ話しをした。
まず母ちゃん。
母ちゃんは頭が真っ白って感じだった。俺はゆっくり治療のことを説明した。
母「んー・・・・。なにもせずにこのままってのもね。治療したほうがいいのかもね」
母ちゃん、迷いながらも治療に賛成。
つぎに妹。
妹を病室の前に連れ出す。
俺「あのな。父ちゃんの治療の話なんやけど」 俺は説明する
俺「○○(妹)はどうすればいいと思う?」
妹「それしたらお父さん死ぬかもしれんの・・・や・・・ろ・・・?」
妹の目から涙があふれた。妹は頼りになる。妹は秘密兵器。そんなポジションにいた妹。
だけど妹も我慢していたんだ。がんばっていたんだ。不安だったんだ。
当たり前だ。まだ二十歳になったばかりの妹。どんなに頼もしくたって、まだ女の子だった。
俺は妹を抱きしめて言った
俺「大丈夫。大丈夫だって。だってあのお父さんやで?お父さんが簡単に死ぬわけないやん。。。な?」
妹「・・・・うん。。。。私も治療するほうが・・・・いいと思う。。。」
妹、治療に賛成。
ムー元気かな
超元気です。また間が空いてしまったな。。。申し訳ない。
みんなのコメントうれしいです。 俺がんばってます。
続きです。
次に姉。
姉は仕事に戻っていたので、携帯に電話する。
姉「もしもし?」
治療のことを説明する。
姉「んー・・・・・そりゃあ、しないよりはしたほうがいいのかもしれんけど・・・
もしかしたらってことがあるかもしれんのやろ?」
俺「そうだね・・・」
姉「んー・・・・でもしたほうがいい、、気がする」
姉も迷いながらも賛成に1票。
最後にばあちゃん。
ばあちゃんは病院には来ずに家でずっといた。
たぶん、一番心配してるのはばあちゃんな気がする。
当然だ。自分の息子が今にでも死にそうなのだ。心中穏やかであるはずがない。
家に電話をするとばあちゃんが出る。
いつものばあちゃんの元気はなく、消え入りそうな声だったことを良く覚えている。
俺は治療のことを説明すると、ばあちゃんは一言だけ
祖母「あんたらにまかせる」
それだけだった。 ばあちゃんは家で一人、なにを思っていたんだろうか。
今考えるとなんだか切なくなってくるよ。
多数決では治療するに決定した。
みんな治療することに賛成で一致した。俺を除いては・・・
俺は、なんだか治療したくないって思いがあったんだ。
なんでかはわからない。ただ、なにか、治療する必要がないのではないかと思った。
治療することにより、いい方向にことが進むと、どうしても思えなかったのだ。
だけど、それは多数決で決まった結論に反対を求めるほど大きなものでもない。
俺は、治療することに決めた。家族がみんで決めたんだ。反対する理由はなかった。
自分もね他人事じゃないので気持ちわかる 自分には限界あるけど
その限られた選択肢の中で出来るだけの事したいって思うよ
<<146
そうだよね。ほんとに限れた選択枠しか、できることがないんだよね。。。
だから自分のしてきたことを後悔することに逃げてしまいそうになるんだ。
今まで何したんだ俺・・・ってね。
だけどそうじゃいけない。選択枠は少ないけど今しかできないことなんだよね。
後悔なんてあとでいくらでもできるから、今することするしかない。
俺は叔父さんに言われるまでそれに気づかなかったけど、<<146さんは気づいてるみたいでほんとすごいです。
今の僕には言葉しか言えませんが がんばってください。
俺「お願いします。治療をしてください」
医者「はい。ではいますぐにでも行います。部屋でお待ちください」
いますぐって言われたときはドキッとしたけど、早いほうがいいに決まってるからね。
俺は部屋に戻り医者がくるのをまった。
とうちゃんの付き添いは交代でやっていたので、母ちゃんと妹は家に帰ることになった。
病院で寝れなくもないのだが、ずっと病院にいると気が疲れてしまう。
なので家に帰ってじっくり睡眠をとるほうがよかった。
母ちゃんと妹は家に帰った。
俺一人で治療の時間を待つことになった。
親父はベッドで寝ている。寝ているとは違うな。。。横になっている。
いつも辛そうに体を動かしている。前にも言ったけど心不全のひとは体を落ち着ける場所がない。
だから寝れないし、気の休まることもない。
この悪循環から、これからの治療は救ってくれるのだろうか。。。
少しは、とおちゃんを眠らせてくれるのだろうか。。。
俺は期待と不安、半分だった。 そしてその治療がはじまる。
点滴と一緒に、血圧のあがる薬を直接からだの中に入れる。
だけど、その反動で体がびっくりしてしまい、ショック死の危険性もある。
治療が始まった。親父は手首に点滴を打たれていた。
これが吉とでるのか凶とでるのか、信じるしかないと思った。
しかし、点滴し始めてから5分もしないうちに親父言った。
親父「気分が悪い。。。ムー、医者呼んでくれ」
俺は嫌な予感がしてたんだ。なんか治療したくないって思いがどっかにあった。
いまさらいってもしかたないことなのは、わかってるんだけどね。。。。
ムー元気にしとるか
メチャクチャ間が空いてしまった…
もうこのスレないと思ってたけどまだ生きててビックリだ。。。
励ましの言葉、保守してくれた人ありがと。うれしいよ
生活環境が変わってバッタバッタのゴッチャゴッチャで長い間留守にしてました。
近況で言いたいことやお礼の言葉は山ほどあるが
まずは中途半端な本文の続きを書きたいと思うのだが
携帯だと打ちづらいのでインターネットが家にくるまで繋がるまでしばしお待ちを
>>176
ムーお帰り!
色々大変なんだね
ゆっくりでいいのでまた続きよろしくな
楽しみに待ってるよ
インターネット無事につながりました。
励ましの言葉ありがとう。
さっそく続きです。
気分が悪いと言った親父、それを聞いて(あぁ・・・やっぱり)なんてこと思ってしまったんだ。
俺がそんなこと思うことなんて許されないのに。。。
みんなで決めた治療に賭ける。 そう決めたのにもかかわらずすぐに心が折れてしまった。
ほんと情けなくて涙がでるよな。。。
すぐに医者が駆けつけてくれて、気分が悪いという親父を見てもらった。
でも、この治療はそう簡単にやめられるものではない。
投与したことで体がショックをうけていて、それにより気分が悪いという症状がでているそうな。
親父には我慢してもらうしかなかった。それ以外に道はない。
きっとこれをのり越えれば楽になるはずなんだと、、、そう思い込むほかになかった。。
母も兄弟も帰っていて、今は俺一人しかいない。
逃げ出したくなる衝動を抑えながら、俺は親父の手をにぎった。
人は本当に悲しいときは涙なんて出ないんだなとそのとき思った。
悲しい。。。いや、もう絶望っていったほうがいいのかもしれないな。
俺がしっかりしなきゃなんて思いながら、本当は不安でいっぱいなんだ。
わけのわからい感情が 心 をぐちゃぐちゃにして
もう、ぐちゃぐちゃすぎて真っ白なんだよね。
すごく表現されてない文章になってるが、
とにかく なにがおこっているのか自分でもわからない状態だったんだ。
この夜は長かった。。。
もう朝なんてこないんじゃないかと思ったよ。
こんな健康な俺が、死にかけている親父のそばにいる。
俺っていったいなんなんだって、なんでただそばで見ているだけなんだって、
なんで親父はこんなにきつそうなんだ?なにかしたのか?
こんな馬鹿息子 育てるために必死で働いてきた親父がこんなに苦しめられてるのはなんでなんだ?
人はいずれ死ぬもの。 そんなことはわかってる。
わかってるけど。。。納得できない。。。なんで?なんで?なんで?
そんなことを考えながら、長い夜が明けた。
ムー、とりあえず、よく帰ってきた
>>193
ありがとう。
明日、じゃなくて今日だね。
今日、一様全部書くつもりです。
今は眠いので寝ちゃいます^^; 昼ごろにまたきます。
かろうじて親父は生きていた。
いつ死んでもおかしくない状態。
治療は、ほとんど効果をあらわすことはなかった。。。
朝病院にもどってきた母に夜の出来事を話すと、
ありがとう・・・ありがとう。。。 と手を合わせて俺に礼を言った。
ずっとそばにいてくれてありがとうって。
俺はいたたまれなかった。ありがとうなんて、言ってもらう資格なんてない。
俺にはなにもできない。なにもしていない。。。
親父のそばに駆け寄る母の背中を見ながら、くやしすぎて涙が止まらなかった。
親父はもう、意識が途切れ途切れになってた。
話しかけても、応答を見せるときと、なにも反応しないときがあった。
それでも、話かけた。なんでもいい。なにか親父の意識を保たせてあげるなにかを。
ちょっとでも、苦しさがまぎれるなにかを。
俺は、母がいないときに、母との馴れ初めを聞いた。
こんな話を親父とするのは初めてで、ちょっと照れながらって感じになったw
でもその話をする親父がとても楽しそうで、時々笑いながら、時々思い出しながら、
かすれた声で話してくれた。
このとき俺は、本当にこの二人の親の子でよかったと思ったね。
話が終わると、紅茶を飲みたいと親父が言い出した。
親父からなにかものを要求するなんて久しぶりのことだったから 急いで自販機に買いに行った。
俺「はい。紅茶買って来たよ」
親父「おぅ。。。」
起き上がろうとする親父。でもいまの状況では起き上がることはできない。
缶のまま飲ませるわけにはいかず、俺はストローが付いている容器に紅茶を移し
そのストローを親父の口に持っていった。
俺「はいよ。これなら飲めるでしょ」
親父「 ・・・かなしいなぁ 」
そう言って親父は紅茶を飲まなかった。
なぜかこのときの言葉を鮮明に覚えている。親父が入院中唯一、俺に言った愚痴だったから。
体が思うように動かない悔しさからでた言葉だった。
でも俺はいや感じはまったくしなかった。むしろどんどん言ってほしい。
俺にならなんでも、なにを言ってもいいから、どうか親父との会話の終わりがきませんように。
その日の夜、俺は一度家に帰ることにした。体力的にも限界だったし、これからに備えるために。
俺「じゃあ一度帰るから。またすぐ来るからね」
親父「・・・あぃ。じゃあな。」
親父と交わした最後の言葉だった。
ムー、心が辛かったらもっといっぱい休め
ムー、来てくれてありがとう!
泣いた。続きまってるよ
みんなありがとう。
全部書こうと思ったけど思い出すとやっぱだめだね。
続きです。
俺は家に帰ってすぐベッドで寝た。3時間くらいして、目が覚めた。
悪寒というか、何か起こるような感覚に見舞われた。
親父の容態はどうだろうと携帯を手に取ったとき、着信が鳴る。
妹からの電話だった。 出るのが怖かった。今は2時過ぎ、こんな時間に電話・・・。
恐る恐る電話に出ると、泣いている妹の声だった。
妹「・・・お父さんが・・・、もう突然、・・・足が痛いって言い出して・・・
そしたら・・・すぐに・・・心臓が止まって・・・・ 」
そのあとは泣きながら聞き取れない声を発するだけだった。
俺「わかった、いますぐ病院行くから」
妹の返事を聞いて電話を切る。 俺は一度顔を覆った。
わかったてた。親父がもう長くはないってわかってた。だけど、わかりたくなかった。
俺が家族が看病して、またみんな一緒に笑いながら話すときがくると思ってた。
何気ない話を、どうでもいい話をしながら、ときに笑って、ときに怒って、ときに喜んで。
もうそんなときはこないと、わかっていたのに。。。。
寝ている祖母を起こし、車で病院に向かう。
祖母も冷静を装っていたが、動揺していることが手に取るようにわかった。
自分の息子を先に亡くしたのだ。それはもう、俺の想像を遥かに超えるショックだったろう。。。
何か言葉をかけてやりたいところだったけど、俺もそれどころではなかった。
俺自身、親父の看病をするって決めたに、親父の死目にあえないなんて・・・。
俺はどこまで、最低最悪なんだと。 自分を責めながら、アクセルを踏む足に力をこめる。
ムー、辛いんだったらもっと休めって
このスレへの報告なんて一番最後の後回しで良いんだから
ムー頑張れ おれも頑張る ムー頑張れ
ムーいつでもいいからね、ずっと待つよ
ムー、毎日寒いね
なんという放置っぷり・・・ もう冬だな。
応援ありがとう。 続きです。
病院に着き、エレベーターで親父のいる病室まで上がる。
部屋に入ると、そこには母と妹が親父のそばにいた。
こういうときほんとどうしたらいいかわかんなくなるんだよね。
ただ親父のそばに行って、親父を眺めた。
ただ寝ていた。
タッチで「うそみたいだろ、しんでるんだぜ」ってあるけど
ほんとそのとおりで、うそみたいで、今にも呼吸で胸が上下に動きそうな。そんな感覚だった。
死んでるってことはわかるんだけど、理解できないというか、したくないというか。
一種のドラマを見ているようで、頭んなかぐちゃぐちゃで、ただみんなが泣いていたことだけは印象に残ってる。
泣くっていうのはなんなんだろうね。
映画とか、アニメとか見て、感動して泣いたりするけど
それはその登場人物がこういう目にあって悲しい、うれしい。第3者目線で泣いているわけで
俺はこのとき泣いていたけど、なんで泣いているのかよくわからなかったな。
まぁたしかに死んで悲しいってのがあるんだろうけど、そんな言葉で表せるような感覚ではないんだよね。
もーほんとわけがわかんねーの。悲しくて泣けない自分は変なんじゃないかとも思った。
なんにたいして泣いているかもわからずに、ただ親父を見ていた。
親父はほんとうにやさしくて、穏やかで、尊敬している人で。
こんな人間でも死んでいくんだ。親っていうのは死ぬものなんだ。
家族っていうものも、子供も、そして自分も。
哲学語りたいってわけじゃないけど、死ってなんなんだろってこのとき真剣に考えたね。
まぁ、当然答えはでないわけだけど、人は必ず死ぬってことはわかった気がする。
死に化粧?っていうのかな、それを親父が受けてる間、待合室に移動した。
そのとき母がしてくれた話がとても印象深かかった。
まぁこれがこのスレ立てた理由なんだけど。。。
病室で親父と母が二人きりのときにこんな話をしたそうな
親父「人はな、いずれ死ぬよな」
母「なんなの急にw」
親父「いやね、人は死ぬけど、ただそれだけってわけじゃない。
誰かのために死んでいくってことあると思うんだよね
例えば人が死ぬと家族は集まるやろ?仕事の都合上とかで離れ離れになってる家族が再会する。
死をきっかけに何かが動きだすことはあると思うんよ」
そんな話をしたと、教えてくれた。
まさしく俺のことだと思った。
2年間何もしないで、最低最悪な生活を送ってきた俺に、親父は前に進むきっかけをくれたんじゃないだろうかって。
死んでからじゃなにもかもが遅いという。俺もそう思う。実際そうだ。
親父が死んだから前に進む?なんだそれって、思う。
そうなる前に、親に迷惑かけないように一人前になって、親孝行しろってほんとそう思う。
けど俺はできなかった。「できなかった」では済まされないだろうけど、できなかったんだ。
親父の死をきっかけに、前に進むことしかできなったんだよ。 ほんと、最低最悪だよな・・・
でも、前に進むことはできた。
自分今までなにしてたんだって、後悔して、しっかりしなくちゃって見つめなおした。
まぁ、命を代償にしてるんだから、止まったまんまじゃありえないって話だわなw
このとらえかたは、ほんと最終手段でしかないかもしれないけど、もはや手段と呼べるかどうかもわからないが
少なくとも俺はそう思ってる。
俺はたぶん、変わったと思う。
自分でいうのもなんだけど、前に進んでる。
3月に親父が他界して、大学の前期は休学した。その休学中はまず家族が落ち込まないように振舞ったこともあるが
学費を稼ぐためにバイトをした。 朝から夜まで焼肉やで働いて、週に何回かは夜中のコンビニで働いた。
もう笑っちゃうくらい体なまっててw最初ギクシャクしてたけど、人間なれればできるんもんなんだよね。
そのせいで書き込みが遅くなったってのがまずあるね。ただ単にめんどくさかったわけじゃないよ?
後期からは復学して今は大学に通っている。卒業するっていうのが親父との約束だしね。
実質3年だから、就活しながら、残りの単位取りながら、バイトしてる。
かなり忙しいけど、まぁさぼってたんだから当然だよなw俺が悪い。
単的にいえば、最低最悪ひきこもりくんが無事更正できました。ちゃんちゃんっておもしろみもなんにもない話なんだけど
人の死っていうのはなにかを動かすきっかけになるえることもあるってことを言いたかったんだよね。
それはとても悲しくて、虚しい話のだけど、実際俺は前に進めたってことがある。
親ってのはほんと偉大だよ。生きてるときにも散々教えられたけど、
最後の時を使ってでも背中を押してくれるんだから。
俺は親にそんなことをさせるまで最悪だったけど、みんなはそうでないことを切に願うよ。親孝行してくれw
俺は母ちゃんに存分にするつもりだ。2人分の親孝行を。
まじでそんな長くもない話を半年以上にもかけてしてしまって申し訳なかった。
でも、みんなの書き込みを見るたびに力が沸いてきたのは、、、言うまでもないね。
質問とか、、、ないとは思うが、あったら返すのでしてくれ。
ほんとありがとう。 最後まで見てくれた人、ありがとう。
俺が言えることはこれしかないが
ありがとう
お疲れ
今初めてみたけど本当にお疲れ様
親というのはすごいね、いつからか自分も同じくらい立派な人間になりたいと思わせてくれる人たちだ
こんな自分じゃ今は無理だけど彼らのためにも頑張らなくちゃって思えるね
ムーみたいに変われたらって思うよ
これからもお母さんを家族を大事に幸せにしてあげて下さい
自分も頑張らなくちゃだな・・・
ムー、こんばんは。今日、ムーがスレ立てた理由がわかったよ。
今までは、ムーは心の整理がまだ出来てなくて心のバランスを取る為に
書き込んでるんだろうなって勝手に思ってたけど、
ムーは心に残る言葉をもらって、そして前に進む事ができたんだな。
オレも家族の死を迎えた時は、しばらく立ち直れなかったけど
立ち直れない間、死についての本を何冊もよんだ。
それらの本はそれぞれに考えさせられる事が書いてあった。
ムーありがとう
生きてみようと思った
重いわw
泣くわw
これはww
泣きました。私も変わりたい。がんばろう。
泣いた。
俺も頑張らなくちゃ。
自分のこと書いてあるみたいで軽く戻しそうになってしまった
まだ途中までしか読んでないのに…
親ってすごいよな
普段の生活じゃ気づきにくいけど
子どものために生きてくれてんだな‥
親孝行しよう
読みにくかった。素人はこんなもんか。あんまりおもしろくなかったけど、
色んな話が出た方がおもしろい話も出やすいだろうから、微妙な投稿でもとりあえず歓迎
なんでそんなこと書くんだよ?ムーさんは頑張ったんだぞ? この話は、久しぶりに感動したよ。
※8のような奴は一度悲惨な目に会えばいい。
※8の大切な奴みんなしね
悲惨なしにかたしろ
8はなんでこんな上から目線なんだろう
こういう斜に構えた態度とって
「ま、どうでもいいけど」みたいなこと言うのがかっこいいと思ってるのだろうか
ネットで文章読んでてほんとに涙が出ることはあんまりない。
おつかれさま。
全ての人に親はいます。感謝しながら世の為、自分の背中を見る人の為、人は生きていくものなのですね。貴方の何かが伝わりました。!
実は今日留年決定しました。
仲がよい友達は進級し、親のお金使ってバイトもしないでこの様、自分はだめなやつだと…だから今の状況におかれてるのでしょうが。。
でも、怒られもせず見捨てられもせず、励ましてくれました。
情けなさすぎて自分が嫌になってました。
ムーさんの文章を読んで、私ももっと真剣に取り組んでみようと努力してみようと思うことが出来ました。
親孝行してあげたいです。
長文になってしまいすいません。
むーさん、ありがとう。
(´:д;`)
何で俺みたいなクズがのうのうと
いきてんだよ…
ニート止めて働く…
8はきっと知らない間にぼっちになるな
一回死ぬほど辛い目に遭え
手助けしてやんよ(#^ω^)