戦争の体験談を語るわ 後編
63:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/21(金) 21:28:25.01 ID:c1y0p92o
あーもうあれだ。日本帰ってきてから、些細な事でカッとなったり、落ち込んだり、
自分の感情を上手くコントロール出来ないんだわ。社会人なって生活では大分改善したけど、
ボスニアでの事考えてる時とか、絡んでる時は、未だに頭おかしい人間になるんだわ。
最初に言っとくべきだったな。もう俺がへんちくりんな事言っても、スルーしていいよ。
煽り苦手みたいだから、心ここにあらずで書いていくよ。構ってちゃんでごめんねー
それと、心配させてしまった人、ごめんね。ありがとう。
読んでてイラつく人もいるだろうけど、無理して読む必要ない話だから、
無理しないでね。それじゃ、自分のペースでゆっくり書くよ。
12時位には寝るので、それまでの時間で。
もう、長々と書く時間もないと思うので、明日、遅くても日曜日までには終わらせるよ。
それじゃー
>>63
お疲れ!
待ってたぞ!
>>1は本当に想像を絶する体験をしたんだと思う。
何も知らなずぬるま湯の中で生まれ育った俺がなにか言うのもおこがましいが、
ただ、無理はしないで自分の思うようにして欲しい。
書きたいなら書いて、書きたくなければ書かないで。
引き続き、荒らしはスルーでな
レスしにくい書き込みもスルーでな
彼の帰りを待ち続けてから、4時間か5時間ほど経過していたと思う。時計を持っていなかったから、何時頃かまでは正確にはわからないけれど、お昼近かった、もしくは過ぎていたかもしれない。
待っている途中に、何度か道路を車が通り過ぎて、その度に皆で伏せたりして身を隠し、物音を
立てないようにしていた。普通であれば、通り過ぎる車は市民であったり、伐採した木材を運ぶ
トラックだったりしたのだけれど、この時通過していった車は、武装警察か民兵、あとはユーゴから抜けたスルプスカの軍隊ぐらいだったと思う。
もしかすると、フォーチャも既に同じ状況かもしれないという不安が、車を目にするたびに
確信に変わってきていた。それでも、街から彼が戻ってこない限りは、どうする事も出来ない。
何時になったら戻ってくるんだろう。もしかして何かあったのかもしれない。そんな不安も過ぎっていた。
だけど、何かあれば街から音がしたりするんじゃないか、いや、距離があるから聞こえないといったやり取りを、大人たちはしていた気がする。俺やメルヴィナたちは、特にする事もなく、息を潜めながら、小さい子ども達をあやしたりして待っていた。
すると、朝に食料や水を取りに行ったボシュニャチの人が、スルツキの青年二人を連れて、俺達の隠れている方向に向かってきたんだ。皆混乱した。何人かの大人は、彼が俺達を売ったと言ったり、仲間になってくれるんじゃないかと言ったりして、話し合っていたんだ。しかし、このままここで待っているのは危険すぎる。もし本当に彼が俺達を裏切ったとしたら、俺達の運命は終わったも同然なんだ。だから、この場から離れて逃げようといったり、隠れてスルツキの青年たちの様子を見て、隙があれば殺そうといったりして、揉めたんだ。この時、話し合いを聞いていたけれど、子ども達は長時間の移動と、緊張の連続で疲れ果てていた。だから、淡々と、「どうなるんだろう」と考えたりしていて、子ども達は静かだった。
結局、すぐに結論が出る話ではないわけで、俺達は見つかる前に、とりあえず隠れる事にしたんだ。
様子を見てから決めても遅くは無いってね。相手は武器も持たない青年二人。両手に大きな荷物を持っている。
例え武器だとしても、取り出す前に殺せると考えたんだろうと思う。恐らく、100メートルぐらいまで近づいてきた頃かな。
ボシュニャチの彼と、スルツキの青年二人が、手を振り出したんだ。
もしかして、俺達を狙っていないんじゃないかって大人が言い出した。でも、また別の人が、いや、これは罠だ。
って言い出した。どっちかわからないんだ。他民族どころか、もう同じ民族の人間ですら、朝まで仲間として共に行動していた人間ですら信用できなくなっていた。おれ自身も、日本人ではあるけれど、この時は自分もボシュニャチの仲間・同胞といった様な意識が芽生えていたように思う。
それからしばらくの間、俺達は三人のことを注意深く観察したんだ。実際に観察していたのは大人で、俺達子どもはその様子をちらっと見たり、聞いたりするぐらいだったけれどね。
何か手を振る以外に何らかの行動を取ると大人たちは思っていたみたいだけど、
彼らが何かをする素振りは見せなかったんだ。ただ、手を振って、そしてじっと待っているだけだったんだ。
そしたらさ、こんな時に限って、先ほどまで静かにしていた赤ちゃんが泣き出したんだ。
そりゃそうだよね。もう丸一日以上ろくに水分補給もしていないし、赤ちゃんが泣くのは
仕方が無い。でも、タイミングが最悪だった。当然、彼らはすぐにこっちに気づいたよ。
大人たちは、彼らと目があったのか、それとも彼らがこっちに振り向いたのか、
「あぁ・・・。」といったような諦めの言葉を発した気がする。
気づかれてしまい、もう駄目だといったような雰囲気が、俺達の中を包み込んだんだ。
だけど、彼らはこっちに気づくとさ、ニコニコしながら向かってきたみたいで、
俺達の目の前まで来た時も、安心したような表情を浮かべて、3人で来た経緯を話してくれたんだ。
彼らが話していた内容は、長くて殆ど覚えてないから、簡単に要約するけれど、
スルツキの青年二人の街ミジュヴィナでもカリノヴィクと同様の事が起きたんだ。
つまり、非スルツキの人々にスルツキの警察が襲い掛かってさ、
連れて行ったり、抵抗する者は見せしめに殺害・レイプしたりしたらしいんだ。
それでさ、ハーフの彼が街に入った時、ちょうど亡くなった遺体とかを積み上げていた
ところだったらしい。
それでさ、この時一緒についてきたスルツキの青年二人が、ハーフの彼に気づいたらしいんだ。
そして、ここは危ないから、早く逃げるように言ってくれたんだって。だけど、食料と水が
ない状態ではゴラジュデどころか、近くのフォーチャにもたどり着けないって言ったんだって。
小さい子どもや、年配の老人もいるから、食料と水が必要って。そしたら、二人がわけてあげるって
言ってくれてさ、そして自分たちもついていくと言ったんだって。ハーフの彼は断ったらしいんだけど、もし自分達がついていけば、万一民兵や警察に見つかった時でも、二人が出て行けば誤魔化せるかもしれないからってさ。
彼らが言うには、ミジュヴィナの街で、その虐殺というか、さっき言った様な事態が発生した時に、
何人かのスルツキの人々は、ボシュニャチやフルヴァツキの人々に危害を加えるのに反対したらしいんだ。
昨日まで隣人として暮らしていた人を[ピーーー]のは止めようって。でも、そう言った人たちの殆どは、警察に酷い暴行を受けたり、殺されてしまったんだって。だから、自分たちはこんな所に居れない。
居たくないって事だったらしいんだ。
支援
参考までに、google map
ミジュヴィナ グーグルマップ
あ。ごめん。写真で見れるんだ…。少し見てていいかな。少し時間を下さい。
>>83
ゆっくり見てください。
双眼鏡の光の反射の件のように祐希さんが知らなかった事も
レスでわかる事があるかも知れません。
自分へのレスとかも自分がしたいのだけはしてもらいたいですが
イヤなレスは返さないようにと自分の心のままにしてください。
もちろんこのレスに返事しなくてよいですよ。
あと皆さんにスレ落しをなるべく避けるためにsageでいったほうが
いいように思います。
話を聞いた後、大人たちだけで話し合って、結果的には一緒に行動する事になったんだ。
それで、山の中で食事や休憩を済ませた俺達は、夕方になるのを待ってから、
フォーチャに向けて歩き出したんだ。フォーチャへの道のりは、車だとそこまで遠い
わけでもないのに、とても長く辛く感じた。これからどうなるかもわからない不安の中で
歩くのは、とても根気のいる事だったんだ。夕方の時間帯は何とか大丈夫でも、
夜になればどうしても眠くなるんだ。ただ、夜のうちに行動したほうが安全だからと
言われて、歩くしかなかった。
人間ってさ、本当に眠い極限状態の時は、どんな状況でも寝れるみたいでさ、
子どもだけでなく、大人でさえも、半分寝ながら歩いていたんだ。
子どもに至っては、ふらふらしながら歩いていてさ、危ないからということで、
皆で手を繋いで、一列になったんだ。小さい子がうとうとしても、大きな子や
俺達ぐらいの年の子が転ばないように注意しながら支えて歩いたんだ。
それで何とか、朝が明ける前にフォーチャ付近までたどり着いた。
フォーチャの街に入るには、本当は橋を渡った方が近いし楽だったんだ。
だけど、橋の付近にはスルプスカの警察や軍が検問を張っているかもしれない。
一緒について来てくれたスルツキの二人が、橋は避けたほうが良いと言うので、
俺達はフォーチャ手前で川を直接泳いで渡り、超えることにしたんだ。
ただ、体力的にも限界が近づいていた俺達には、水の中を泳いで渡るのは
とても過酷だった。渡る途中で、母親におんぶされていた幼児が流されてしまってさ。
助けなければいけないのに、誰も泳いで幼児の所まで行く体力が残っていなかったんだ。
母親は子どもの元へ泳いでいこうとしたんだけど、他の男の人に止められたみたいで、
結局俺達は、その幼児が流されて沈んでいくのを見ているだけしか出来なかった。
川を渡って、山の方からフォーチャ市内へ向かった。街は、カリノヴィクやミジュヴィナと違って、
家が燃えたり人の悲鳴が聞こえたりといった状態にはなっていなかったんだ。
俺達はほっとして、そしてスルツキの二人が念の為様子を見てくると言って、先に街の中へ
入っていった。多分1時間くらいして戻ってきて、大丈夫だから行こうという事になった。
この日は、カリノヴィクから逃げてきてから大体二日ほど経った日で、92年の4月7日だった。
もし、フォーチャでもカリノヴィクと同じ事が起きていたらどうしようと思っていたけれど、
実際にはまだ何も起きていなくてさ。とりあえず、皆安堵して、親戚や知人がいる人たちは
その家に向かい、行き場のない人達はモスクへ向かったんだ。以前ソニアやソニアパパと来た時は、街もかなり活気があって、人々が溢れていたのだけれど、この時は人が少なくて、多分外に出ていなかったんだと思う。それがとても印象的だった。
俺達が向かったモスクはさ、前にソニア達と一緒に来たモスクだったんだ。あの時は、まさかこんな形で再び来ることになるとは思わなかったけれど、安心した気がする。これからどうしたらいいのかとか、父さんは無事なのかとか、色々と聞きたいことや不安は山積していたのだけれど、緊張や疲労から体力的に限界がきていた俺やソニア達は、着いてからすぐに寝てしまったんだ。
たったの数日、二日ほどの出来事だったのに、ゆっくりと安心して建物の中で寝られるのが、
とても久しぶりに感じた。
目が覚めたときには、もう辺りは暗くなっていて、夜になっていたんだ。かなり長時間、
寝入ってしまっていたんだ。起きたら何だかトイレに行きたくなってさ、俺は大人の人を
呼んで一緒に行ってもらおうと思ったんだ。早朝まで暗い山や森の中を歩いて来たというのに、
トイレに一人で行くのが怖かったんだ。変だよね。
でも、周りを見渡してもモスクの中には大人が誰も居なかった。
あれ?おかしいな。もしかして夢なのかな?とか、まだ寝起きで頭がぼーっとしていた俺は
思っていたんだ。だけど、少ししてさ、外が騒がしいのに気づいた。
どうしたんだろうと不思議に思って、モスクの外に出て周りを見渡したんだ。
そしたら、街中から人の悲鳴とかが聞こえてきてさ、時々、つい先日耳にしたのと
同じような乾いた銃声の音が聞こえたんだ。嘘だと思った。やっと安心できると思ったのに、
たった一日、いや一日も経たずにこんな事ってあんまりだと思って、自分の目を疑った。
でも、何か目を擦っても、耳を叩いても、目に見える光景や音は変わらなかったんだ。
そしてよく見るとさ、街の所々から火とか煙が上がっていて、信じたくなかったけれど、
これが夢の世界の出来事なんかじゃなく、現実に起きている事だと受け入れるしかなかった。
そう考えたらさ、さっきまで何ともなかったのに、急に足の力が入らなくなってしまって、
地べたにペタンと座って立てなくなったんだ。心のどこかで、もう逃げ切れないんだな、
ここで死ぬしかないんだなと感じた。希望を持たなければここまでショックを受けなかったと
思う。だけど、フォーチャに着いて、もう大丈夫かもしれないと希望を持ってしまったんだ。
それをもがれるのは、まだこの時は耐えられるものではなかった。
それから少しの間、その状態のまま座っていたと思う。気づいたら、周りに一緒にここまで
行動してきた大人達が居て、その人たちも同じように唖然とした表情で街を見つめていた。
恐らく、最初から近くにいたのかもしれないけれど、街の状態でショックを受けていた俺は、
気づかなかったのかもしれない。そのまま俺はまたじっと、燃える街を見ていたんだ。
そしたら、ソニアが起きてきて、俺の隣に来たんだ。
ごめん。ちょっと車で子猫用のミルク買って友達に渡してくる。すぐ戻ってきます。
何かわからない事とかあれば、返信するかわからないですか、聞いてください。
それでは、また後で。
>>1
急がないでいいぞー
乙!
ありがとう!
ゆっくり行ってこいなー
待ってるぞ
遅れてごめん。
「祐希ー、街綺麗だねー。わー赤い星がいっぱいだよー。」
といった感じの事を笑いながら言うんだ。一瞬、俺はソニアが何を言っているのか
理解できなくてさ、表情を見たら、何か笑っているけど、ぼーっとしていてさ、
目の焦点が合わないような変な表情をしていた気がする。おかしいって
思って、何言ってるのか何度も聞いたんだ。だけど、ソニアは笑って
綺麗だね、しか言わないんだ。物じゃないけどさ、
ソニアが壊れちゃったと思った。
俺はどうしたら良いのかわからなくて、ソニアの事も相まって少し混乱しちゃってさ。
もう考えるのは無駄かもだとか、諦めようとか、マイナスの事を考えたりしたんだ。
だけど、このまま諦めたらソニアやメルヴィナ、サニャはどうなるって思って、
このままだとカミーユの行動が無駄になるって考えたんだ。サニャ達を守るって
誓ったのに、このままだとその誓いも破ることになってしまうって。
だから、3人を連れて街から逃げようとしてさ。
行くあてもないし、ましてやこの国の人間ではない自分には頼れる人もいない。
それでも、ここに留まっているよりは、マシな選択に思えたんだ。
逃げるなら、今のうちしかないと考えた俺は、ソニアの腕を引っ張って、
モスクの中に戻った。そしてまだ寝ていたメルヴィナやサニャを起こして、
「ここは危ないから街の外に逃げよう。」
と言ったんだ。メルヴィナもサニャも、起こしたばかりだから
少し寝ぼけて反応が薄かったけれど、外の音が聞こえたみたいでさ、
何が起きているの気づいたらしく、「うん。」と答えてくれた。
だけど、遅かったんだよ。余っていた食べ物とかを集めていたら、
もうモスクの直ぐ近くにスルプスカの警察が来てしまったらしく、
大人達が騒ぎ出したんだ。大人達がスルツキだ警察だって叫んで、
早く逃げなきゃって思ったんだ。ソニアは警察だから大丈夫だよって
笑っていたけれど、その警察がボシュニャチやフルヴァツキの市民を
連行したり暴行したり、殺したり、レイプしたりしてるんだよ。
もうこの街に正義の味方、少なくともボシュニャチを助けてくれる
味方はいなかったんだ。
そんな感じでモタモタしている内に、モスクの周りのは更に騒がしくなっていた。
外に居た大人たちは、慌てながらモスクの中へ逃げ込んできたり、他の場所に
逃げようとしたみたいだった。だけど、他の場所へ逃げようとした人に向けて、
警察は銃を発砲したらしく、乾いた銃声が周りから聞こえて、外の悲鳴とかは
少しずつ聞こえなくなった。
その状況を見ている内に、もうモスクは警察に囲まれていたんだ。
モスクから逃げようにも、幼い俺達が走って警察から逃げ切れるはずもない。
最悪、カミーユのように俺がお取りになって、サニャやメルヴィナ、ソニアの
3人だけでも逃がそうと思った。もう9人の中で、男は俺しか居ない。俺しか
3人を守れる人間はいないって思ったんだ。
でも、現実はそんな英雄的な行動をおいそれと取れるものじゃなかった。
少し間をあけて、警察たちが銃を手にしながらモスクの中に入ってきたんだ。
多くの人は、隅っこに下がったり、布を被ったり、伏せたりした。
だけど、そんな事をしても意味なんてないんだよね。彼らは俺達の様子を見に来た
わけじゃないのだからさ。警察官達は、大人の男だけじゃなく、
隅っこで震えている子どもや女性、お年寄りの顔を一人ひとり確認していった。
俺達の所にも近づいてきて、俺はさっきまであんなにお取りになろうと
考えていたのに、怖くて足も動かないし、声も出ないんだ。本当に動かないんだ。
動かそうと思っても、心が折れてしまっていたんだ。
警察の人の顔は、暗くてよく見えなかったけれど、その時はとても怖い顔をしていた
ように見えた。一通り、性別や年齢とかを確認し終えると、警察官は大人の男性や女性を
無理やり引っ張って連れて行ってしまったんだ。当然、男の人は暴れたけれど、
外に引きずり出された後に銃声が聞こえて、その人の声はもう聞こえなくなっていた。
変な話だけど、この時ぐらいからだと思う。人が殺されても、あまり感情とかが
湧き上がらなくなってきていたんだ。ああ、またかといった感覚に似ているけれどさ。
警察が去った後は、皆ぼーっとしながら、夜が明けるまで座っていたと思う。赤ちゃんとかは泣いたりしていたけど、それをあやす母親はとても憔悴しきった顔をしていた。もしかしたら夫があの時連れて行かれたのかもしれない。
だけど、そんな事を聞けるような状況でもないし、正直に言えば、もうソニア達3人以外の事を考える余裕なんて俺にはなかった。
それから数日経ったけれど、時々街中で銃声や悲鳴が聞こえるぐらいで、初日ほど騒々しい
状況になることはなかった。スルプスカやスルツキに忠誠を誓う印として、生き残った
ボシュニャチの人々は家の前や屋根に白い布とかを掲げて、自分もスルツキの一員だといったような合図をしていた。後で調べて、これが警察とかから指示されたものだと知ったよ。
この白い布や旗っていうのはさ、今考えてみれば、自分がボシュニャチですと公言しているような
ものなんだよね。この家や建物にはボシュニャチがいるぞ!って。
かといって、白い布を掲げなければ、殺されたり拷問されたりするんだ。
掲げても暴行やいやがらせを受けて、時には見せしめとして殺害されレイプされ、
掲げなくても殺害・レイプ・暴行をされる。自分が標的にならないように祈ることしか出来なかった。
もう希望なんて正直消え失せていた。この街から逃げたくても逃げ出せない。
街の所々にはボシュニャチの人々の収容所とかが作られたりしてさ、
男の人は暴行、処刑されて、女性は数人がかりでレイプされていたらしい。
この時は、そんな事になっているとは知らなかったけどさ。
何もする気力が起きないし、する事が無い。何日もぼーっとしてたんだ。
そしたら、モスクに元々いた年配の人がさ、
「君はムスリムなのか?」
って聞いてきたんだ。だから、違うって答えた。そしたら、
「何で我々と一緒に行動するんだ」って言うんだ。
何でってそんなの俺が知りたかったよ。だけど、
友達と離れたくないから、友達を守らなきゃいけないからって答えたんだ。
そしたらさ、君は異教徒で異民族かもしれない。だからこそ、生きて目にしたものを
伝えなさいって言って、藁半紙みたいなノートを数冊くれて、鉛筆も何本かくれたんだ。
今こうして書いている内容の元は、この時にもらったノートに書いてある日記というか、
起きたことを書いた文なんだ。元々さ、カリノヴィクに居た頃から
絵日記みたいのはつけていたんだけど、あの時は急だったから持って居なかったし、
取りに行ける状況じゃなかった。だから、このカリノヴィクから逃げる時期や
フォーチャでの出来事、これから先の出来事は多少細かく書けるんだけど、
その前の出来事は、時々思い出みたいのが書いてあるぐらいだから、
今じゃどんどんその時の記憶が思い出せなくなってきているんだ。
それがとても怖い。
>>117
このおっさんかっこいい
ちょっと休憩。書き始めるの遅かったので、一応1時まで書いてみます。
細かく書くと、全然進まないから、これから先書くのはもっと短く要約するね。
ごめん。わからない所があれば聞いてください。
>>118
お疲れ。無理すんなよ
あと戻ってきてくれてありがとな
あー、この人のお陰で記録を書くことは出来たし、この人との約束も、
俺が前に書いた約束の一つではあるんだけれど、こうして体験を
書き込まなきゃいけないっていうのは、この人との約束ではないんだ。
後でぱぱっと書くけど、この後、ボシュニャチの民兵と一緒に行動する事に
なるんだけれど、その人との約束なんだ。
そして、その後に死なずに今まで無様に生きてきたのは、
ボシュニャチの民兵と離れた後に行動を共にしたスルツキの民兵の
お陰なんだ。 とりあえず書いていくね。
前のよりも出来るだけ短く書きます。
話の内容と子猫のミルク
同じ人間の人生の出来事とは思えないな
殺しや暴行レイプをしていたのは警察だけ?そのときスルツキの市民はどうしてるんだ?
>>125
昨日書くのが12時近くになったのは、子猫を拾ったからなんだよね。
でも俺は猫アレルギーで咳が止まらなくなるから、友達に連絡しまくって、
里親が見つかるまで預かってもらう事になってさ。
だからミルク買って来てと頼まれたら、買いにいくしかないじゃん…。
>>126
それには答えにくい。場所によって違うんだ。
警察だけのとこもあれば、民兵や市民も混じって暴行や霊王、殺人をしたりしていた場所もある。
それに反対する人だって当然いたけど、反対したらその人も民族浄化の対象になって、
反対できなかったりとかもあったと思う。逆もまた然り。
日本って平和だな
>>128
平和ボケしすぎて戦争の怖さがわからなかった
日にちは経って、4月22日になった。
この日も、ここ数日のように過ぎていくと思っていたんだ。
だけど、違った。スルプスカ軍か、民兵か、警察かはわからないけれど、
フォーチャにある歴史あるモスクが次々に破壊され、爆破されたんだ。
もう俺達が気づいた時には、街中から轟音が聞こえて来ていた。
また始まったと思ったけれど、この日はいつもと違ったんだ。
この日の標的は、俺達とは関係ないボシュニャチの人ではなく、
俺達自身だったんだ。急いで荷物をまとめて、モスクから逃げようとした。
大半の人は逃げていたけれど、サニャが忘れ物をしたといって、モスクに走って
戻ったんだ。俺は駄目だよ。危ないよって何度も叫びながら止めようとしたんだ。
でも、サニャはカミーユの荷物があるから取りに行くって言って、止まってくれないんだよ。
必死に追いつこうとしたけど、この時のサニャの足は速くて追いつけなくてさ、
モスクのすぐ隣に生えている木の所でやっとサニャの手を掴んだんだ。
そして、危ないから俺がとりに行くって言った瞬間だったと思う。
耳がつぶれるかと思うくらいの轟音と一緒に、目の前が真っ暗になって、
気づいたら10数メートル吹き飛ばされてたんだ。
一瞬、何が起きたのかわからなくてさ、耳もキーンとして聞こえないし、目もよく見えなかった。
体中にも激痛が走ってた。だけど、感覚はあるし、どうやら自分が無事だって事は何とかわかったんだ。
それではっとしてさ。そういえばサニャはどこだって。
でも、自分の手はサニャの手を握ってるんだよ。だから、
無事で良かったって思ったんだ。
だけど、違ったんだよ。耳とか目の視力が回復してきて、よく見たら、サニャの手しかないんだよ。
俺は丁度木の陰に隠れて、打撲で済んだけれど、サニャは木の陰に隠れてなかったんだ。
俺よくわからなくなっちゃってさ。サニャどこに隠れたんだろってサニャの事必死に探したんだよ。
でも、周りにサニャ居なくてさ。あ、モスクの中に隠れたかもって思ってさ、
崩れ落ちたモスクに行こうとしたんだ。モスクの中に運よく隠れたんだって思ってさ。
そしたら、メルヴィナが俺のところに駆けてきてさ。
危ないから早く離れるの!って言うんだ。
でも、まだサニャがモスクにいるから、いるから!って俺何度も言ったんだ。
サニャに手を返さないと、くっつかなくなっちゃうから早くしないとって。
よくわからないけど、俺泣きながらサニャ早く出てこないと、手返さないよって叫んだんだ。
そしたら、メルヴィナにビンタされてさ。かなり痛かった。
「サニャはもう駄目なの!祐希まで死んじゃったら私たちどうしたらいいの!」
みたいな事を泣きながら言うんだ。
もう駄目だってそんなのわかってるんだよね。わかってるんだ。
木の陰がとか、そういうのはその時は気づいてなくてもさ、
手首から少し先がもぎ取られたみたいになってるのを見れば、そんなのわかるんだよ。
でも、そういった現実は俺には認められないんだよ。だって、俺はカリノヴィクでカミーユに
サニャを守ってねって言われて、約束してるんだよ。その後、カミーユの代わりに俺が
サニャを守るって誓ってるんだよ。
情けないけどさ。俺それから数日の記憶なくてさ、気づいたらフォーチャからソニアやメルヴィナ、そして
何人かの大人と、赤ちゃんとか小さい子ども数名と一緒に山の中にいたんだ。
俺さ、サニャよりも足はずっと速いんだよ。
怪我でもしてない限り、サニャに追いつかないはずないんだ。
あの時、俺が追いつけなかったのは、多分、俺がビビッてたからなんだ。
俺は守るとか調子良い事言ってたにも関わらず、またビビッて、何も出来ずに
今度はサニャを見殺しにしたんだって気づいてさ、悔しくて、悲しくて、
そして憎くて涙が止まらなかったんだ。
>>1すごいよ・・・
俺とたいして年が変わらないのにこんな地獄をを生き延びいて
しかもそれを記録して誰かに伝えることを考えてるなんて・・・
はぁ。ごめん。今夜はここまでにして寝ます。
また明日の夜、書いて、出来れば明日には
書ききれるようにしたいと思う。
もしくは明後日の日曜までには。
ごめん。それじゃ、お休み。
>>148
そんなたいそうなもんじゃないんだよ。こんな話、思い出したくもないし、早く忘れたかったよ。
でも毎日のように夢に出てくるし、ボシュニャチやスルツキの民兵の人と行動を
共にしなかったら、例え生き延びてもとっくに自殺してる。もしくは犯罪者になっていたと思う。
彼らのせいで人生が狂ったけど、彼らのお陰で生きているってのもあるし、
約束して色々と託されたから、それをやらないまま勝手におしまいなんて出来ないんだ。
ただそれだけなんだよ。
頭おかしくなるし、マイナスな事ばかり考えるようになるし、自分が嫌で嫌でたまらなくなるんだ。
夜寝ようとして、暗くすると、銃声が聞こえるような気がして目が覚めたりするんだ。
未だに、ちょっとした物音がするだけで、反射的に目が覚めるんだ。
あーもう何が言いたいのか自分でもよくわからない。ごめん。それじゃ、おやすみ。
>>151
おつかれさま
本当に毎晩ありがとう
書き込む事が少しでも心の闇が少なくなる事につながれば
いいんだけど… 難しいよな~
>>1が今夜はよく眠れますように
乙おやすみ
俺は21の大学生だけど国境なき医師団の看護師を進路として考えてる
でも(ほぼ)日本を捨てて海外に単身行くのは勇気がいるし、この話読んで決心できたらなんていうか
俺の人生のターニングポイントになる気がする。そんな感じ。興味深く読んでるよ
翌日
32:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 22:23:29.38 ID:YjM.1pYo
今日も遅くなってごめん。それじゃ、またゆっくり書いてくね。
えっと、皆には心配をかけてしまって申し訳ないけど、俺の事はどうでもいいんですよ。
一連のユーゴ紛争について少しでも関心を持っていただければ、それでいいんだ。
わがままなことを言ってごめんね。
前のスレ>>171
看護系の大学で学んでいるのかな。それとも大学を出た後に看護学校へ行くつもりなのかな。
俺なんかに何も言う資格もないんだけれど、貧しい地域やインフラが整っていない地域で
活動するのは、とても大変な事だと思うんだ。もしかしたら、失うものの方が多いかもしれない。
得られるものは、人々の貴方への感謝の気持ちと生きる素晴らしさだけかもしれない。
それがもし、貴方にとってお金や物にもかえがたい素晴らしい事であるなら、
是非、彼らの力になっていただければって思う。あ、そっちに行く前に
日本で経験を積んだほうが、きっと後で役に立ってくると思うけれどね。
よし聞こうじゃないか
それから1ヶ月か2ヶ月ちょっとは、山の中で生活していたんだ。
フォーチャにはもう戻れないから、結構離れた山中で静かにしていたんだ。
幸運な事にさ、一緒に脱出した人の中に、ミジュヴィナからついてきてくれた
青年の一人が居て、薬とかを時々歩いて5時間くらいかけた所にあるらしい集落に
取りに行ってくれていたんだ。
ただ、食料は毎回のように貰いに行くわけにはいかなかった。
なぜなら、それで俺達の存在がスルツキの人々に知られてしまう可能性があったんだ。
だから、この山中での生活は、食べ物が少なくて辛かった。
食べられそうなものは何でも食べたんだ。葉っぱも食べたし、変な虫も食べた。
動物も居たけれど、捕まえられたのは数回だった気がする。食べ物が少なくて、
大人の人も生きている動物を捕まえるほど体力がなかったんだ。
それでさ、動物を捕まえたとしても、火は起こせなかったんだ。
夜といっても、月だとか星の光で煙が見えちゃうらしいんだ。
だから、動物の肉は生のまま、皆でわけあって食べていた。
水も、何時間も歩いた場所にある池から取ってきて、
濁ったまま飲んでいたんだ。それでも水が足りなくてさ、
ずっと空腹と喉の渇きに飢えていた。それに耐えられなくなった
俺達より少し上の子が、木の窪みみたいな所に溜まった水を
飲んでしまって、お腹を壊して、何日か経った後に亡くなった。
男の人が、何日かごとに結構離れた農地へ作物を盗りにいって、
野菜とかを手に入れてくるんだ。だけど、その食べ物は幼児や
赤ちゃんにおっぱいをあげなきゃいけないお母さんに食べさせて、
俺達を含めた他の人は、食べられそうなものを食べて我慢してた。
葉っぱはさ、たまに毒があるものがあって、最初のうちは見分けられなくて
舌がしびれたり、唇が腫れたりした。だから、食べる時はまず唇に10分くらい
つけて、それで大丈夫だったら口の中に入れて、そこからまた10分ぐらい
口の中に入れたまま、咬まずにしておくんだ。それでさ、舌に痺れだとか
痛みがなければ、よく噛んで飲み込んでた。美味しくはなかったけど、
食べられずにはいられなかった。
その点、虫は栄養もあるっぽくてさ、最初は気持ち悪かったけど、途中から抵抗なく
食べられるようになってた。特にイモムシみたいなのとか、何かの幼虫はおいしかった。
結構大きめのクモも、肉に歯ごたえがあって、味は鶏みたいな感じだった。
とはいっても、この時はずっと空腹で味覚も狂っていたと思うから、実際はそんなに
美味しいものではなかったと思うんだけどね。
色々と慣れてくるものだけど、一つだけ慣れないものがあったんだ。
それは夜の山なんだ。時折、別の山とかに移動して転々としていたけれど、
どの山も怖かった。別に幽霊だとか、動物が怖いわけじゃないんだ。
もしかしたら、スルツキの警察や民兵、軍がくるかもしれない。
もしかしたら、この場所が知られているかもしれない。
そんな恐怖が子どもや大人全員にあって、夜は必ず大人二人と
子ども一人が起きて、見張りをしていた。
それでも、物音がしたり、風で木が揺れる度に、皆が目を覚まして、
息を潜めてさ、場所を移動してもそれはその恐怖は消えなかった。
ごめん。書くのを躊躇っていたけれど、やっぱり書く。
この山中の生活でさ、子ども一人と年配の人が一人亡くなったんだけど、
俺達はその人の遺体を食べたんだ。とても気持ちが悪くて、最初は
吐いたんだ。吐いたけれど、食べないと死ぬぞって言われて、
皆泣きながら食べた。俺はさ、この時、別の肉もソニアやメルヴィナと
食べたんだ。そんな多い量じゃないんだけどさ。
フォーチャから脱出した時、俺はずっとさ、サニャの手を持ってたらしくて、
目を覚ました時にサニャの手がバックに入っていたんだよ。
捨てるに捨てられなくてさ、腐ってきていたけど、ずっと手元に置いていたんだ。
それでさ、今書いた人の肉を食べた後、お腹がすいたって鳴いているソニアを見てさ、
じゃあ、サニャの手を食べようって言ったんだ。
もう、サニャの手は腐ってて、臭いもきつかった。それでも、栄養があるものを食べなきゃって
自分達に言い聞かせて、メルヴィナも呼んで三人でこっそり食べたんだ。口の中に入れた瞬間、
へんな臭いと味が広がって、思わず吐きそうになったけど、サニャの分まで生きようって
三人で言い合って、食べた。
この時が、空腹とかの絶頂だったように思う。友達を食べるって、やっぱ違うんだよ。
一緒に行動していた人も大切な仲間だけど、やっぱりその人のとは違うんだ。
味とか臭いだけじゃなくて、言葉に言い表せない気持ち悪さとか悲しさとか
色んなのがごちゃまぜになった状態で、涙が出そうになるんだ。
声を出して泣きたい位の涙が出そうになるんだ。でも、出ないんだ。
水が殆どなかったからかもしれないけれど、サニャの手を食べた時は、
ソニアもメルヴィナも、もう泣かなかった。
ご飯食べてた人はごめん。それとちょっと少し落ち着きたいので、
休憩させて下さい、
今日は、可能な限り朝まで書くからさ。ごめん。
現実なんだよな
釣りじゃないんだよな
待たせてしまってごめん。もう大丈夫。
>>57
信じるも信じないも、全て皆の判断にお任せするよ。ここで俺が本当だ、信じてといっても、
俺が嘘をついて本当だと言っていたとしたら、意味がないでしょ。
ただ、こういった事が実際に起きた紛争だったと、起きたんじゃないかな、
そう思って、この紛争に、この地域にもっと関心を持ってもらえればそれでいいんだ。
辛ければ、信じなくてもいいんだ。ただ、どうかこの地で起きた一連の出来事を、
知って欲しい。そして、もっと関心を持って欲しい。上手く言葉に出来なくてごめんよ。
この時ぐらいからだったと思う。俺も含めて、ソニアやメルヴィナも
あんまり感情を表に現さないようになっていった。
そんな生活をして1・2ヶ月経った頃、皆の体力もかなり落ちていて、
このまま生活していても先がないという話になったんだ。
それで、本来の目的地だったゴラジュデに向かうことになった。
毎日日記はつけていたつもりなんだけど、フォーチャから脱出して
数日は記憶が殆どなかったせいで、正確な日にちはわからない。
だけど、恐らく6月に入って数日程度経った頃だったと思う。
ゴラジュデへの道のりは、大体3日間ほどだったんだ。
それでも、体力が落ちていた俺達には、過酷で辛かった。
ああ。
グーグルマップで>>1がいたであろうフォーチャ東の山を見てる
緑はあるけど結構ハゲてるところも多いな
フォーチャ グーグルマップ
>>66
ごめん。山の中にいたから、どこらへんかわからないんだ。
ただ、剥げているというか農地の場所とかはあったと思う。結構、人が近くに居たりする場所で
隠れて生活するには向いていない地域だったと今考えれば思う。
ゴラジュデに向かいだして二日目の昼頃。
山の中を進んでいくとは行っても、道路とか人の生活圏を完全に避けて通過するのは厳しかったんだ。
本来であれば、夜にそういった場所を通過した方が安全なのだけれど、
俺達には体力的にもそんな余裕がなかった。
この時は、丁度山道を横切る時だった。道の200Mぐらい手前で、道に銃を持った人間がいるのが見えたんだ。
警察か民兵か、それとも軍の兵士なのかは見分けがつかなかった。だけど、そこを通らないと山が越えられなかったんだ。
俺達、というか大人達は選択に迫られたんだ。このまま気づかれないように進むしかない。
だけど、それには大きな障害があったんだ。それは、赤ちゃんだったんだ。
赤ちゃんはさ、泣くのが仕事っていう位、よく泣く。このときは、元気もあまりなくて、
そんな泣くほどでもなかったんだ。それでも、もし万が一泣いてしまったら、俺達はつかまってしまう。
全員の安全の為には、赤ちゃんを連れて行くことはさ、出来なかったんだ。
でもさ、さっきも書いたように、俺ぐらいの子どもも、大人達も、赤ちゃんや幼児の為に
どんなにお腹が空いていても、我慢して、耐えて、その子たちに優先的に食べ物を
まわしていたんだよ。そんな簡単に、皆の為にといって、赤ちゃんを連れて行かない
なんて、決断は出来なかったんだ。
少しの間、沈黙が流れてさ、言いたいことはわかってる。だけど、誰も言い出せない状況が続いた。
ここまで一緒に行き抜いてきたんだ。こんな小さい赤ちゃんでも、皆にとっては大切な仲間で、
気持ちとしては、家族同然のようなものだったんだと思う。
赤ちゃんの母親はさ、皆が言いたいことは十分わかっていたんだと思う。そして、皆がそれを
言い出せないという事も理解していたんだと思う。誰も言い出さない中さ、笑いながら、
皆が言いたいことはわかるって。自分もこの子も、自分たちの為に皆が危険な目に合うのは
望まないって言ってさ。自分が母親だから、きちんと責任を持つって言ったんだ。
だから、皆は先に進んでください。この子とお別れをしたら、私も後から追からって。
何とも言えない空気の中で、そう言った母親は、さっき来た道を戻って行ったんだ。
大人たちは、母親の姿が見えなくなった後に、「すまない。」って一言二言いって、
武装したスルツキの近くを通過していくことにしたんだ。
スルツキ達が居る場所を過ぎて、少し数百メートル歩いたところで、俺達は数時間待ってたんだ。
母親が後から来るっていってたからさ。でも、結局母親は来なかった。
今思えばだけど、後から追うっていうのは、赤ちゃんの後を追うって意味だったんだろうな…。
もしかしたら殺せず二人で逃げたのかもしれないな
>>75
逃げ場なんてないんだ。前にも言ったけど、俺達がいた場所はさ、スルプスカ共和国って名乗る、
スルツキの領内だったんだ。どこに逃げても、味方なんていないんだよ。
だからこそ、俺達はゴラジュデへ向かったんだ。それ以外の選択肢なんてなかったんだ。
例え逃げたとしても、待っているのは死か、スルツキに捕まるかのどれかだったんだ。
そして、この時、スルツキに捕まるのは死も同然だったんだ。
次の日になると、先頭を進む人と、後方の人の距離がかなり広がっていた。
もう休んでいる時間も体力もない。もし休んだら、そのまま動けなくなってしまうような
状態だったんだ。だから、この時になると、暗黙の了解じゃないけど、
体力のない人はどんどん遅れていくようになった。幼児とかは、まだ小さいから、
体力のある大人が背負えるんだ。だけど、俺達ぐらいになると、体重が多少あるから、
背負えないんだよ。
そして、丁度最後尾に居たのは、俺とソニア、メルヴィナだったんだ。
ソニアは体力的にも、精神的にも参っててさ、俺とメルヴィナが引っ張りながら歩いていたんだけど、子どもだからただでさえ歩くのが遅いんだ。引っ張りながらだと、さらに遅くなって、全然追いつけないんだ。
気づいたら、俺達は皆とはぐれてたんだ。遠くの方からは、爆発音みたいな音とかが聞こえてきてて、どこかでまたあのような惨状が繰り広げられているかもといった考えが過ぎった。
もしかしたら、大人が心配して引き返してきてくれるかもって思った。
だから、俺はメルヴィナにここで大人達を待とうって言ったんだ。
だけど、メルヴィナは駄目って言うんだ。
「戻ってこないよ。自分達で進まなきゃ。」
って言うんだ。
俺達は三人だけで、道もわからないのに、進んだんだ。メルヴィナがさ、
もしかしたら、味方が来てスルツキの兵士をやっつけてるかもって言うんだ。
確かに、そうかもって。何かにすがりつかないと前に進めなかった。
だから、俺達は、音がする方に味方がいるって希望を持って、
そっちに向かったんだ。
でも、それが間違いだった。
山と山の間に、少し開けたところがあって、俺達はそこに出たんだ。
あんなに体力が落ちてなければ、疲れていなければ、
もっと冷静に考えられたのかもしれない。
だけど、この時の俺達は、子どもでそこまで思考能力もなかったし、
そして疲れ果てていて、頭が回らなかったんだ。
開けた場所の半分くらいまで歩いた時だった。
横の道から、振動と共に何かが近づいてくる音がしたんだ。
もうさ、前の方からは爆発音とかがしてて、そんなの聞こえない
はずなのに、聞き間違いだって思いたかったんだ。
だけど、爆発音の合間に、何かが向かってくる音がするんだ。
味方かもしれない。でももしスルツキだったらどうしよう。色々不安と期待があった。
俺は怖くて、迷って、そしてその場で止まってたんだ。
そしたら、メルヴィナがとりあえず逃げなきゃって言ってさ、
俺はソニアの手をつかみながら全力で前の森というか、山に向かって走ったんだ。
それで、何とか木のところまで来て、良かった。何とか隠れられたって。そう思ったんだ。
それで後ろを振り返ったら、メルヴィナがいないんだよ。
何でって思ったら、メルヴィナがさ、メルヴィナがこんな時にだよ。
こんな時に限ってさ、転んじゃってるんだよ。
もう近づいてくる音もかなり大きくなっていて、振動もしてきていたんだ。
メルヴィナ早く立ってこっちに来いって叫んだんだ。
だけど、メルヴィナは立たないんだ。いや、立てないんだよ。
3日間も、殆ど寝ないで飲まず食わずで歩いてきたんだ。
体力的にも精神的にも、限界なんてとっくに通り越してたんだよ。
俺は助けに行かなきゃって、もう見つかってもいい。ここで俺がおとりになれば、
もしかしたら二人は助かるかもしれないって。それで飛び出してメルヴィナの所に
走って駆け寄ったんだ。
でも、メルヴィナを起こそうとしても、メルヴィナは足に力が入らない、立てないって
言うんだ。だけど、こんな所で見捨てるなんてできるわけないじゃないか。
ここまで一緒に行きぬいてきたのに、もう三人だけになってしまったのに、
見捨てるなんて出来るわけじゃないないか。
だから、メルヴィナを背負ったんだ。だけどさ、情けないよ。全然前に進めないんだ。
この時、俺は8歳で、小学3年ぐらいだったんだ。男女の差といっても、体格的にも、
肉体的にもまだそこまで差がなかったんだ。普段だったら、それでも何とか歩けたはず
なんだ。でも、この時の俺にはそんな力なんて残っていなかったんだよ。
頼むから前に進んでくれって頭の中で思っても、全然前に進めないし、
足のふんばりも効かないんだ。もう、向かってくる音はかなり鮮明になっていて、
金属音も混じっていたんだ。俺とメルヴィナの姿が相手に見られるのも、
時間の問題だった
俺はメルヴィナに大丈夫だから、俺が何とかするからって言ったんだ。
だけど、メルヴィナがさ。泣きながら、
「もういいから、ソニアの所に行って隠れて」って言うんだ。
そんな事出来るわけないじゃないかって怒ったんだ。
だけど、メルヴィナはこのままじゃ見つかるって。
今ならまだ間に合うって。今隠れれば、ソニアと俺は助かるって言うんだよ。
俺は嫌だ嫌だって言って、背負ったまま前に進もうとしたんだ。
そしたら、メルヴィナが暴れてさ、地面に落ちてしまったんだ。
すぐにまた背負おうとしたんだけど、メルヴィナがあばれて、
背負えないんだよ。何するんだって言ったらさ、
お願いだから隠れて!って。俺とメルヴィナが見つかったら、
ソニアはどうなるって、このままじゃ全員捕まっちゃうって叫ぶんだ
だから二人だけでも逃げてって泣きながら叫ぶんだ
俺は弱虫なんだよ。俺はメルヴィナの所に留まっておくべきだったんだ。
それなのに、体が勝手にソニアの所に向かってるんだよ。
何やってるんだよ やめろって自分にいっても、
体が勝手に逃げちゃうんだよ。
ソニアの所へ入る直前か、直後かわからない。
隠れて振り返ったら、戦車が向かってきていた。
メルヴィナは俺が隠れたのを確認したら、横になりながら体を
動かして俺達の方向に背を向けたんだ。
頼むから味方でいてくれって、敵だとしたら、気づかないでそのまま通り過ぎてくれって
そう祈った。だけど、現実は全然幸運なんてないんだよ。思ったとおりにならないし、
神様なんていなかったんだ。戦車はメルヴィナの横で止まって、上からスルツキの軍服を着た
兵士が出てきたんだ。
ごめん。あんまり細かく書きたくない。ごめん。
降りてきた兵士はさ、メルヴィナの事を蹴ったんだ。メルヴィナは濁った叫び声を一瞬だしてさ、
生きているって確認した兵士は、笑いながら何かを言った。そしたらもう一人、兵士が出てきて、
暴れるメルヴィナを叩いて、服を脱がせて乱暴したんだ。たった8歳の少女に乱暴したんだよ。
メルヴィナは泣き叫んでもおかしくないのに、自分の口を手で押さえて、叫ばないようにしてるんだよ。
俺らに助けを求めないように、俺らが見つからないようにしてるんだよ
自分が酷い目にあってるのに、怖くて痛くて辛いはずなのに、
メルヴィナは自分よりも俺達を心配して、自分の口を押さえてるんだよ。
俺とソニアを助ける為に必死に耐えてたんだ
すぐにでも飛び出さなきゃいけない。助けなきゃいけない。
でも、それをしたらメルヴィナの行動は全て無駄になってしまう。
俺には決断できなかった。何でこんな選択をしなきゃいけないんだって、
山中の生活を通して、感情をあまり外に出せなくなっていたソニアや
俺は泣きながら見ていることしか出来なかった。
これが戦争なんだって。これが人間なんだって。これが神様の作った世界なんだって。
神様なんて、残酷な悪魔だと思った。
俺は本当に無力で、何も出来ない弱虫で、本当は俺があそこで殺されているべきなのに、
俺はメルヴィナに代わって死ぬほどの勇気を持っていなかったんだ。
持っていたとしても、それは本当の勇気だとか決意じゃなかったんだ。
日本に居る頃は、自分は何でも出来る、やろうと思えば何でも出来る人間だと思っていた。
だけど、実際の俺はあまりに無力で何も出来ない弱虫だったんだ。
ソニアはずっとごめんなさいと繰り返し言っていた。
俺は、メルヴィナが乱暴されて、連れ去られるのを見ている事しか出来なかった。
この時だったよ。今まで憎しみだとか、悲しみだった心が、自分には抑えられないぐらいの
怒りと殺意みたいなのに変わっていた。絶対にあいつらをころすって。
ころしたいって。
ごめん。少し休ませてください。
ゆっくり休んで
辛いのに書いてくれて本当にありがとう
言葉も出ない
でもこれで>>1がそいつらを殺したら
今度はそいつらの遺族が>>1をぶっ殺したいって思うよね
>>117
それが歴史的に繰り返されて民族の根深い対立が起こるんだろうね・・・
>>117
だから俺は書いて誰かに伝えなきゃいけないんだ
それを誰かに伝えて、何かを感じて欲しいから書いてるんだ
もう少し待って、そしたら俺が伝えたいことが、何となくわかってもらえるかも
しれないんだ。
もうちょっと、少し時間をください
世界中の紛争地域でさ
今このときも>>1みたいな思いをしてる人がいるんだよな
俺の場合、こういう出来事の詳細を知らなかったんじゃなくて知ろうとしなかったんからな
想像力の欠如で済むレベルじゃないな
それから数時間くらい、俺とソニアはそこから動けないでいたんだ。
だけど、ここにずっと居たって何も変わらない。
俺とソニアは手を繋ぎながら、轟音止まない方向へ向かった。
世界は不幸なことばかりじゃなくて、幸せもあるかもしれない。
だけど、不幸幸せ不幸みたいに、交互に来るとは限らないんだ。
俺達は、ずっと目指していたゴラジュデに、沢山の大切な犠牲を払って
辿り着いたと思ったよ。だけど、街には入れないんだ。
近づくことも出来ないんだ。もう、街はスルプスカの軍に包囲されて、
攻撃を受けていたんだ。山の中にもスルプスカの兵士が大勢居て、
全ての希望を打ち砕かれてさ。声も出なかった。
ここに留まることも、街へ入ることもできない。
俺とソニアは、世界で二人だけ取り残された気分になってさ、
でも諦めたら駄目だって。自分に言い聞かせて、
ゴラジュデから離れて延々と、山の中をあり着続けたんだ。
ごめん。山の中を歩き続けたんだ
ここらへんは、日記もちゃんとかいてなくてさ、何日歩き続けたかわからない。
でも、今思えば、約2ヶ月くらい山中で生活した経験がなかったら、
俺とソニアはここで死んでいたと思う。
紛争時のサラエヴォの映像
>>1はこんな状況の中、街に居ることもままならなかったんだな
というか、>>129の動画でなんでこの人たちこんなところにいるの?
なのに、子供だけで山の中放浪って・・・
>>135
街から出れないからだよ。陸路で街に入る事も、出ることも出来ないんだよ。
包囲された街に残された人々には、包囲が解けるのを待ち続けて、
生き抜くしかないんだよ。援軍も見込めない中、いつ包囲が解けるのか、
それとも死ぬのか、わからないままそこで生き抜くしかないんだ
歩き続けて何日目かわからないけどさ、小さな川というか湧き水みたいなところがあって、
そこで休んでいたら、銃をもった人が駆け寄ってきたんだ。スルプスカの兵士かと思ったけれど、
そうじゃなくてさ、ボシュニャチの民兵の人たちだった。
それから93年の10月くらいまで、一年半くらいボシュニャチの民兵の人と行動を共にしたんだ。
俺はさ、彼らと過ごして1ヶ月ほど経った頃に、俺も戦わせてと頼んだんだ。
何でもするって。死んでもいいって。だから俺も戦わせてって頼んだんだ。
>>1よ
楽になるために書くならまだしも辛い思いをして書くこたねえと俺は思うぞ
>>139
辛くても書かなきゃいけないから書いてるんだ。
これは俺の為でもあるんだ。
勇気を出すって。勇気を出して戦う。もう逃げないって。だからお願いって。
でも、彼らはそれを許してくれなかった。中学生くらいの子どもにも銃を持たせているのに、
何で俺は駄目なのかってしつこく聞いたんだよ。スルプスカの兵士が許せないって。
そしたら、名前は書けないけど、民兵の一人が俺に言うんだ。
戦いに勇気なんて必要ない。
生きる事にこそ勇気が必要なんだ。
君は戦う以外にも出来る事があるだろう。
君だから出来る事があるだろう。
俺達は戦争が終わるまで生きていられないだろう。
君は、ここで何が起きたかを伝えなさい。
同じ事が起きないように。
辛くても生き抜いて、そして胸を張って
友人に天国で会えるようにしなさいって。
彼らと過ごした間、俺は色んなものを目にした。
俺の中で、この時スルツキの人々や軍、警察、民兵は絶対的な悪のような
存在になっていたんだ。そして、ボシュニャチは被害者だと。
だけど、違ったんだよ。民兵の人たちはさ、スルツキの集落を襲って、
食料を奪ったり、スルツキの大人や子どもを殺害したり、
女性をレイプしたりしていたんだ。
俺はわからなくなっちゃったんだ。何が正しくて、何が間違っているのかとか。
何が悪で、何が正義なのか。あんなに被害を受けて、その苦しみを知っているはずの
人たちが、同じ事を、相手の民族に、人々にするんだ。
俺は、何でそんなことをするの?やめようよって何度も言った。
それはやっちゃいけないことだよって。
そういうと、決まって民兵の人は悲しそうな顔をしてさ、
そんなのはわかっているんだって。でもこうしないと、自分達の仲間が同じ目に合うって。
矛盾に気づいているのに、それをしなければいけない状況だったんだ。
ボシュニャチもスルツキも。
俺はこの時、まだ彼らの紛争の歴史も何も知らなかった。
前にも書いたと思うけれど、スルツキの人々も同じように、歴史上で何度もこういった
虐殺の被害に合ってるんだ。どちらも被害を受ける苦しみや怒り、恨みをしっているのに、
それでも尚、お互いにそうしなければ、やられる状況になっていたんだ。
恨みや禍根は残されたまま、次の世代へと引き継がれて、また同じ悲劇を繰り返している。
それがこの時の紛争だったんだ。
前に、国は3つの勢力に別れたって書いたよね。
ボシュニャチ、フルヴァツキ、スルツキの3勢力に。
ボシュニャチとフルヴァツキは最初は味方同士のような感じだったけれど、
連携は取れていなくてさ、国内で、つまりヘルツェグ=ボスナでは
フルヴァツキの軍や人々によって、ボシュニャチやスルツキの人々が虐殺された。
一つの民族が、一方的に虐[ピーーー]るのではなく、お互いに民族浄化の応報を
繰り広げていたんだ。
レイプする必要あんのかよ
>>148
レイプは単に性的欲求を満たす為の行為じゃないんだ。
敵対する、憎む民族の女性をレイプする、それは自分達の民族が、
敵対する民族に勝利する、やっつけるといった優越感を示す行為でもあったんだ。
だから、女性は標的になったんだ。
9月に入ると、フルヴァツキとスルツキの二つの勢力が同盟を結んでさ、
ボシュニャチは二つの民族から挟まれる状況になったんだ。
その理由は、フルヴァツキの人々も、自分たちによる、自分達の国が、
このボスニア・ヘルツェゴビナの領内で欲しかったんだ。そして、
最初は共に戦ってもヘルツェグ=ボスナ内でスルツキの人々が
一掃されて、領地の争いが減ったんだ。フルヴァツキからすれば、
次はボシュニャチだったんだ。
10月の中旬ぐらいだった。
ボシュニャチの勢力は、スルツキ・フルバツキの二つの勢力に挟まれ、絶望的な状況になっていた。
俺はそういった経緯は、日本に帰ってきてから知ることになったけど、この時、自分達が
かなり追い詰められているというのは何となく認識していた。
俺とソニアが一緒に過ごしていた民兵達の部隊も、人数がどんどん減っていって、
人手が不足していた。この日も、殆どの人が離れた街に行ってしまって、
拠点としていた洞窟には十数人しか残っていなかったんだ。
もう秋になって、辺りが暗くなる時間も早くなってきていた。
拠点に残っている大人はさ、殆どが負傷した人だったんだ。
だから、俺は暗くなる前にさ、水を汲んでくる必要があった。
この時、ソニアも一緒につれて行けば良かったんだよ・・・。
だけど、誰かが負傷した人を見てなきゃいけなくて、
俺が水を汲んできて、その間ソニアが負傷した人を看ているって
するしかなかったんだ。
水を汲む場所までは、山を下らなきゃいけなくて、子どもの足で往復4時間くらいかかるんだ。
水を汲んで洞窟の近くまで来た時には、もう辺りは暗くなっていた。
ソニアはちゃんと看てるのかなって心配しながら、水汲んできたよって洞窟の中に入ったんだ。
だけどさ、洞窟の中に明かりが点いてないんだ。もう外は暗くて、洞窟の中も真っ暗なのに、
明かりが点いてないんだよ。最初はおかしいなって思ったんだ。だけど、ソニア疲れて
寝ちゃったのかって。ちゃんと看病しなきゃ駄目じゃないかって。
ソニアちゃんと看ててって言ったでしょって言いながら、スイッチを押したんだ。
だけど、明かりが点かないんだ。何回押しても点かないんだ。俺さ、民兵の人たちと
過ごしている間、前のように本当に危険な目に合う事が殆どなかったんだ。
ソニアを守るって、だからどんな時でも俺はソニアから離れちゃ駄目だし、
どんな時でも警戒して、気をつけてなきゃいけないんだ。
でも、馬鹿な俺はその大切なことも忘れて平和ぼけしてさ、それを怠ったんだ。
信じたくなかった。ただ電球が切れただけだと思いたかった。
確かめるのが怖かった。誤解であってくれって、神様どうか誤解であってくださいって
祈ったんだ。だけど、洞窟の奥に進んでいくに連れて、真っ暗で何も見えなくても、
嗅いだ覚えのある臭いがするんだ。錯覚だって。これは錯覚だって。気のせいだって。
でも、うめき声とかも微かに聞こえてきて、何かが焼ける臭いもしてきてさ、
気づいたら両手に抱えていた水の入れ物を落としていた。
ソニアの名前を何度も呼んだんだ。ソニアソニアどこにいるのって。隠れないで出てきてよって。
だけどソニア全然出てこないし返事しないんだ。
酷い話だけどさ、横で兵士の人がうぅって苦しそうに声を出していたんだ。
だけど、俺はそれどころじゃなかったんだ。必死に地面に這いつくばって、ソニアが
居ないか手探りで探したんだ。何人か、冷たくなった大人の死体とかに触れたけど、
それに驚いたり気遣ってたりする余裕なんてなかったんだ。
どれくらい探してたのかわからない。もう時間の感覚とかもよくわからなくなっていた。
気づいたら、洞窟の奥まで来ててさ。壁に手を付きながら探していたら、小さな体に触れたんだ。
すぐにわかった。夜になると、いつも一緒にくっ付きながら寝てたんだ。すぐにソニアだってわかった。
頭が真っ白になって両手でソニアに触れたんだ。でも、ソニアの体は温かかったんだ。
息もしていて、ソニアは生きていたんだ。良かった。何が起きたかわからないけど、ソニアは生きてる。
良かったって。ソニア大丈夫?って声をかけたら、小さい声でうん。って言ったんだ。
離れてごめんねって。ソニアを追いて水汲みにいってごめんって言いながら、ソニアを抱き寄せたんだ。
そしたら、手に生暖かい液体がついてさ、最初は何かわからなかった。でも臭いを嗅いだら、
血ってすぐにわかったんだ。慌ててソニア怪我してるの?ソニア大丈夫なの!?って聞いたんだ。
ソニアはまた小さな声で、うん。って言ったんだ。俺は急いで傷の手当しなくちゃって思って、
洞窟の中は暗くてよく見えないから、ソニアを背負って外に出ることにしたんだ。
ソニアの体がいつもより軽く感じて、そしてソニアの体から垂れる血のピチャ、ピチャ、って音が、
洞窟の中で響いていたんだ。不安になった。だけど、ソニアは返事をしているし、ちょっとした怪我なんだって、
ちょっとした怪我だって、悪いことを考えないように必死に自分に言い聞かせたんだ。
洞窟の外に出た時は、もう外も真っ暗で、月が綺麗に輝いていたんだ。
俺はソニアを草の上に下ろしたんだ。最初は見間違いかと思った。
だけど、何回目をこすってもさ、ソニアのお腹から血が一杯出てるんだ。
頭の中で理解できないような色んな感情とかが渦巻いてきたんだ。だけど、
血を止めなきゃって。俺は上着を全部脱いで、ソニアの上着を捲ってさ、
血を止めようとしたんだ。そしたら、ソニアのお腹に大きな穴が何個も空いてて、
そこから沢山の血が流れてたんだ。俺ってば、分厚いコート着ててさ、背負ってるのに、
こんなに血が出てるのに気づかなくて・・・
シャツでソニアのお腹を抑えたんだけど、全然血が止まらなくて、どうしようどうしよう、
誰か来てよって泣きながらソニア大丈夫だよ大丈夫だよって何度も叫んだんだ。
でも血が止まらないんだ。そしたら、ソニアが血を口から垂らしながら、
うん。だいじょうぶ。って言ってさ。 しゃべっちゃ駄目って言ってるのに、
小さな声で喋り続けるんだよ。月が綺麗だねって。どうして祐希泣いてるのって。
ソニアを心配させちゃ駄目だって思って、泣いてないよ。だから喋らないでって言ったんだ。
だけどソニアはそれでも話すのをやめなくて、声を出すたびに血が溢れてくるんだ。
混乱してて、慌てて、怖くて、正確には覚えてないんだ。だけど、ソニアは昔の話をしだしてさ。
特別な日覚えてる?って。俺すぐには思い出せなくて、何?って言ったんだ。そしたら、
祐希にお友達になってくれたお礼をした日って言うんだ。
俺は覚えてるよ。忘れるわけないじゃんって泣きながら答えたんだ。
そしたら、ソニアはちょっと笑いながら良かったって言って、
あの時も綺麗な月だったねって。
俺はうまく言葉が出せなくて、うん、うん、って相槌しか打てなかったんだ。
それでもソニアは喋り続けて、
ずっと一緒にいれなくてごめんねって言うんだ。
ソニアはわかっていたんだ。自分が大怪我して、もう助からないってわかってたんだ。
もう俺は何て言葉を返したらいいかわからなかった
ソニアは、もうお腹押さえなくていいって、その代わり手を握ってって言うんだ。
もうソニアは手に力が入らないみたいで、俺の手を握り返せないんだ。
手を握ってさ、目の前にいるのに、ソニアが言うんだ。
祐希、ちゃんと手にぎってる?そこにいる?って。
俺はちゃんと握ってるよ。隣にいるよって答えたんだ。
そしたら、そっか。良かったって言ってさ、ごめんね、ありがとうって小さな声で言った後、
何も喋らなくなったんだ。
息はまだしてたんだ。もし医者がいれば、医者じゃなくても大人が居ればソニアは助かるかもしれないんだ。
でも、俺は何も出来ないんだよ。大切な子がソニア以外いなくなったり死んじゃったりして、
もうソニアしかいないのに。たった一人の大切な人なのに何も出来ないんだよ。
ソニアの息が少しずつ弱くなって、体が冷たくなっているのに、横でただ泣きながら見ているしか
出来ないんだよ。
ごめん、ちょっと時間ください。
涙が止まらん
ゆっくりでいいから
がんばれ
最後まで付き合うから
最後まで付き合うつもりだ
そして、周りのVIPPERでも2ちゃんねらーでもない人達にも、
この手記を伝えていきたいと思ってる
俺は目の前で起きた現実を受け入れることが出来なかった。
やらなければいけない事は沢山あったんだ。
洞窟の中にはまだ生きている民兵の人がいたんだ。
でも俺はソニアの傍から離れる事が出来なかった。
この日まで、沢山の人に助けられて生き延びてきた。
沢山の人の、仲間の友達の犠牲の上で、生きてきたんだ。
なのに、何もお返しも出来ずに、逃げてばかりで、
まだ生きている民兵の人だけでも助けなきゃいけないのに、
その人たちに助けられて、今まで面倒をみてきてもらっていたのに、
頭で理解してても何も行動できないんだ。
気づいたら朝になっていて、洞窟の中でまだ息のあった人たちも、皆亡くなっていた。
もう心が耐えられなかった。情けない自分が、同じ過ちを何度も繰り返す自分が許せなかった。
それから数日間、ソニアや民兵と一緒に過ごしていたんだ。
でも、外に出ていた民兵の人は誰も帰ってこなくて、
もう全てが終わった事に気づいた。本当はとっくに気づいていたけど、
もう現実を受け入れるほど俺の心は強くなかったんだ。
それから、少しして、俺は皆の遺体を埋めることにしたんだ。
スコップとかがないから、木の棒でひたすら彫り続けて、
全員の遺体を埋めるには数日かかった。
俺ムスリムじゃないからさ、お墓に何をすればいいかわからなかったんだ。
だから、棒を立てて、咲いていた花を移して植えるぐらいしかできなかった。
ボシュニャチの民兵の人に、辛くても生き抜けって言われたけど、
もうそんな気力もなかった。もう全てを失って、希望だとか光も何もないんだ。
その場で死のうと思って、銃を探したんだけど、銃が全部なくなってるんだ。
少量もとっくに尽き果てていて、飲まず食わずでいた俺は、
もう疲れて眠くなっちゃってさ、そのままソニアを埋めた場所の前で
寝たんだ。
目を覚ましたら、夢の中みたいで、どこかの家のベットに寝てたんだ。
おかしいな、これは夢なのかなってそれとも今までのが夢なのかなって思ってたんだ。
そしたら部屋の中に中年ぐらいの女の人が入ってきてさ、
何か俺にいいながら、水とか食べ物をくれたんだ。
それから少しして、これが夢じゃないってわかってさ。
俺は山で倒れていた所を、スルツキの民兵に保護されて、
そこから結構離れた民兵の暮らす集落に連れて来られていたんだ。
もう死にたいって思ってた俺はさ、スルツキの民兵がソニア達を撃ったんだろって、
絶対に許さないって暴れたんだ。
でも、この家の奥さんや、民兵の旦那さんは悲しそうな顔しながら、自分たちはしていないって言ってさ、
俺が暴れてるのに抱きしめてくるんだ。
俺は嘘つきめ、嘘つきめって叫びながら暴れたんだけど、離してくれなくてさ、
寝るって言って部屋に篭ったんだ。
それから何日も、部屋にもって来てくれたご飯とかも食べないで、
ずっと篭っていてさ、そうだ、ここから逃げればいいんだって思ったんだ。
それで夜になるのを待って、窓から外に飛び出して、辺りを見渡したら、
十何キロ先かわからないけど、前いた山っぽいのが見えたんだ。
俺はソニア達の所に戻らなきゃって、あそこに戻らなきゃって思って、山に向かったんだ。
途中で、道がわからなくなったりして、何とか洞窟についた時には3日以上経っていたと思う。
その後、2日くらいまた洞窟で一人過ごしていたんだ。
そしたらさ、集落の民兵の人が来たんだ。
気づいた時にはもう洞窟の入り口の所まで来ていて、逃げ場はなかった。
ああ、俺も撃たれるんだな、良かったってほっとしたんだ。
だけど、彼らは俺を撃たないんだ。撃たないどころか、一人で何してるって怒るんだよ。
意味がわからないんだよ。お前らスルツキは子どもでも女の人でも殺して、
子どもに乱暴だってするだろって。俺の事も同じようにしろって泣きながら叫んだんだ。
だけど、彼らはただ無言のまま俺を担いでさ、洞窟から連れ出そうとするんだよ。
嫌だ嫌だって言っても離してくれなくて、バックがバックがだから離しせって
言っても離してくれなくてさ。バックはどれだって言うから、答えたら、
俺が預かるとかいってさ、俺の事を下ろさないまま山を下ったんだ。
疲れていたのもあって、俺は途中で寝ちゃってさ、起きたらもう集落のすぐ近くまで来てたんだ。
その後、また同じ家に連れて行かれて、家に入ったら、あの二人が怒りながら俺の事をビンタしたんだ。
それから俺の事、この前よりも強く抱きしめてきて、また暴れようとしたんだけど、力が強くて
暴れられなかった。
それから知ったことなんだけど、この集落の人たちは元々民兵じゃなかったんだ。
ボシュニャチの民兵に襲われて、村の女の人や男の人、子どもも何人か殺されたり連れ去られたりして、それで武装してたんだ。俺を世話してくれた夫婦にはさ、俺よりちょっと年上ぐらいの子どもがいたんだ。
だけど、彼は襲われた時にボシュニャチの民兵の人に殺されてしまっていてさ…。
その時、漠然と皆が苦しんでるっていう感じだったものがさ、スルツキの人も苦しんでいるんだ、被害にあってるんだ、皆が辛いんだって確信に変わったんだ。
多分だけど、俺がお世話になっていたボシュニャチの民兵の人達なんだ。
この集落を襲ったのはさ。そして同じような事を他の集落でもやっていたんだ。
中には、本当に悪い奴もいて、虐殺や暴行、レイプをしている人間もいるんだ。
それは否定しようがない事実なんだ。そしてスルツキが今回の紛争で大勢のボシュニャチの
人々を殺してたり、暴行したり、レイプしたのも事実なんだ。だけど、彼らもまた、同じような被害にあってるんだ。
自分達を守る為に、家族を守る為に、お互いにお互いを殺しあってるんだ。
望んでいるのは、形は異なっていても、同じ 平和に暮らす ってことなのにさ。
でも、昔に起きた虐殺や戦争の禍根が未だに残っていて、それがお互いの理解とか
そういうのを邪魔するんだ。積もりに積もったものが、阻むんだ。
今までの歴史が、彼らに人を殺させるんだ。やらなきゃ、やられるって思わせるんだ。
根が深すぎる・・・
どうすりゃいいんだよ・・・
>>214
「外敵」を作って呉越同舟になるように仕向ければよい。
けどここまで拗れると無理か…内戦の悲惨は一般市民が知らない間に戦地に放り込まれる所だな。
外国から敵が来る訳じゃないから猜疑心の塊になってしまう。
それから俺は、彼らと1年ちょっと生活した。
スルツキの人を憎む気持ちは薄れることはないんだ。
だけど、彼らにも彼らの事情があって、それを俺は否定出来ないんだよ。
否定する事が出来ないんだ。少なくとも、全員が望んで人を殺しているわけじゃないんだ。
罪悪感とかそういうのと戦いながら、それでも殺さなきゃいけないって、
それで相手を殺している人たちもいたんだ。
彼らと暮らして半年ぐらい経った頃だったと思う。
アメリカを始めとするNATOが、スルツキの勢力下の地域に爆撃を始めたって聞いた。
後で知ったけどさ、もっと前から国連として活動はしていたんだけど、
遅すぎるんだよ。もう何もかもが遅すぎるんだ。
そして彼らと暮らして大体1年2ヶ月ほど経って、1994年の12月になったんだ。
1月から停戦になるから、祐希はサラエヴォへ行って、そこから国に帰りなさいって
言われたんだ。
でも、俺はもう嫌だった。というより、これから先、全てを背負って生きていく自信がなかったんだ。
集落を出発する朝、俺を世話してくれた夫婦とか、民兵の人が集まってくれたんだ。
だけど、俺はもう無理だって、もう死にたいって思ってさ、頼んだんだ。
頼むから俺を殺してって。痛くても我慢するから、殺してって。大切な友達達も
皆いなくなってしまったのに、生きていても辛いって言ったんだよ。
そしたら、周りの兵士たちもお世話をしてくれた二人も
悲しそうな、少し困ったような顔したんだ。そしてお互いに見つめあいながら、
何かを早口でいってさ、俺を取り囲んだんだ。
俺はソニア達に、もうすぐそっちに行くよって、心の中で呟いたんだ。
やっと終われるって思ったんだ。
だけどさ、彼らは俺に何かをするわけでもなく、
歌を歌いだしたんだ。
何が起きたかわからなかった。違う国の言葉だし、
意味もわからなかったんだ。
意味を知ったのは、日本に帰って数年してからっだ。
ちょっと待って
今、youtubeのを貼るけれど、クリックして聞くのは、
日本語訳を書くまで待って欲しいんだ。
歌を聴きながら、日本語訳を目で追ってくれれば、
俺が伝えたいこと、彼らが俺に伝えたかったことが
わかってもらえるかもしれないから。
歌詞はね、
I see trees of green, red roses too
I see them bloom, for me and you
And I think to myself, what a wonderful world
I see skies of blue, and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world
The colors of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces, of people going by
I see friends shaking hands, sayin' "how do you do?"
They're really sayin' "I love you"
I hear babies cryin', I watch them grow
They'll learn much more, than I'll ever know
And I think to myself, what a wonderful world
Yes I think to myself, what a wonderful world
Woo yeah
日本語訳です。音楽を聴きながら、読んでみて下さい
青々とした木々、そして真っ赤に咲くバラが見える
僕と君のために、咲き誇っているよ
僕は自分に語りかけるんだ、「なんて素晴らしい世界なんだろう」って。
青い空、そして真っ白な雲が見えるよ
光り輝く日が訪れ、夜がやってくる
僕は自分に語りかけるんだ、「なんて素晴らしい世界なんだろう」って。
美しい虹が、大空に架かっている
道を行き交うみんなの顔も輝かせているよ
人々は「元気かい?」と手を振りながら握手をしているよ
皆心の中で「愛しているよ」と言っているんだ
赤ちゃんの鳴き声を聞き、その成長を見守るんだ
この子たちは皆、僕が知らない世界も目にしていくんだろう
そして僕は思うんだ、「なんて素晴らしい世界だろう」って。
そう、僕は思うんだ。「なんて素晴らしい世界だろう」って。
この歌はさ、今の戦争の世界が素晴らしいって言ってるんじゃないんだ。
きっと、世界は素晴らしくなるんだ。そう皆が願い、思えば、
素晴らしい世界になるんだって意味なんだ。愛でね。
皆、好きで殺してるわけじゃないんだ。そうしないと自分達の仲間が
子どもが殺されてしまうからなんだ。そして、相手も同じなんだ。
それをお互いにわかっているんだよ。わかっているのに、止められないんだ。
泣きながら歌ってるんだ。ボシュニャチやフルヴァツキを殺した民兵たちが
泣きながらさ。
彼らは好きで殺してるわけじゃないんだ。そしてそれが許されない行為だと
知っているんだ。知っていながら、どうすることも出来ないんだ。お互いにね・・・。
この時、英語が理解できていれば、彼らに何か言えたかも知れない。
でも、当時の俺には何の歌かわからなかったんだ。悲しい歌なのかと思った。
平和を願う歌とは知らなかったんだ。
その後、俺はサラエヴォまで連れて行かれてさ、解放される時に手紙を貰ったんだ。
その手紙の内容は、ちょっと長いから要約するけど、
人生は不公平だ。一生平穏に暮らす者もいれば、一生紛争や貧困に喘ぐ者もいる。
だけど、人生には、神様が皆にチャンスをくれるんだ。学校やお父さん、お母さん、
大人や友人、彼らは何度でも君にチャンスを与えるんだ。それを活かすかどうかは、
君次第なんだよ。
小さな贈りものになるけれど、私は君に生きるチャンスを与えよう。
強く優しく、そして誠実に人生を全うしなさい。そして、
素晴らしい世界を作りなさい。子どもが笑いながら育つ世界を。
君達子どもに託そう。素晴らしい世界を。
こんな感じの内容なんだ。
その後、1995年1月から4ヶ月の停戦が結ばれ、俺は首都で再会した父と共に、
オーストリアに向かい、後に日本に帰ってきた。
結局、この一連のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が終結するのは、
俺達がこの国から脱出した10ヶ月後の事だった。
1995年7月、安全地帯となっていたスレブレニツァが包囲され占領されたんだ。
多くのボシュニャチが処刑、強姦、拷問され、生き残った中から一部の女性は
解放されたけれど、男性は殆どが順次処刑されていった。
殺されたのは、大人、子ども、男女、老若女男問わず虐殺されたんだ。
犠牲者は、8000人を超えていて、未だに身元がわからない人も多く居る。
もし、サラエヴォから脱出できなければ、僕らはそこにいたかもしれない。
良い人もいれば、悪い人もいる。スルツキが憎い。憎いけど、全てのスルツキが悪というわけじゃない。
どうしたらいいんだ。どうやって生きていけばいいんだ。平穏な日々に戻ってからも、それを悩んでいた。
そして、いつの間にかドラガンに責任を押し付け、うらんで、生きていくようになった。
それも間違いだった。前に書いたとおり、彼は裏切ってなんか居なかった。Facebookで彼の弟を見つけ、コンタクトを送ったら、俺達がカリノヴィクで襲われた日に、彼は殺されていた。俺達を庇おうとして。
俺達を庇ってくれた仲間を裏切り者として、15年以上も憎んできた、「ずっと仲間だ」って約束したじゃないか、
それなのに、その言葉を忘れて、俺が彼を裏切っていたんだ。
今までの人生が全て崩れるような感覚に陥って、俺はもう生きていけないと思った。
罪悪感だけじゃない。
俺には荷が重過ぎるんだよ。気づいたら、会社に退職願を出していた。
丁度さ、いい機会だったんだ。ドラガンの弟から、サニャとかの家族の現住所も教えてもらえてさ。
サニャとカミーユの家族は、全員ではないけれど、生きていたんだ。
だから、まずはドラガンのお墓で謝って、そしてドラガンの家族に謝罪して、そして感謝を述べて。
それでさ、その後は、カミーユの家族に会いに行って、サニャの家族に、サニャの遺品を渡してさ。
全てを終わらせようと思ったんだ。
ただ、ボシュニャチの人との約束の一つ、話を広めるというのは俺には出来なかった。
そして、もう時間もなかった。だから、こうして色々考えた末、vipにスレをたてて、今に至るんだ。
もし何かを感じてくれれば、それでいい。
欲ではあるけれど、俺自身、彼らが何を伝えようとしていたか、そして俺が何を伝えればいいか
考えて、それを少しでも感じ取ってくれれば、なお嬉しい。
大切なのは、素晴らしい世界を願い、それを伝えて、実現に近づけていくことなんだと思う。
文章を書くのが苦手な俺には、俺の気持ちだとか、どんな事が起きたかを上手くは伝え切れなかったと思う。
だけど、もし、読んでくれた中で、何か感じるものがあったとしたら、バルカン半島、ボスニアのことにも少し目を向けてくれると嬉しい。日本だからこそ出来る事があると思う。
断罪するだけではなく、罪を犯してしまった民族にも、救済の手を、救いの手を差し伸べて欲しいんだ。
それは偽善かもしれない。それは意味がないことかもしれない。だけど、今ある禍根を…もしだよ。
もし取り除くことが出来れば、いつか素晴らしい世界になるんじゃないかな。
僕はそう思うんだ。
彼らが歌ってくれた歌に、そのヒントがあるような気がしたんだ。
”この子たちは皆、僕が知らない世界も目にしていくんだろう”
彼らが知らない世界、それは、民族融和かもしれない。
でも、それは簡単なことじゃないんだ。
恨みや禍根は、今現在一時的に裁きによって蓋をすることが出来たかもしれない。
だけど、それが消えたわけじゃないんだ。
行いが間違っていても、全ての民族に正義や大義名分があったんだ。一方的に絶対悪にして
断罪しても、その恨みや禍根は蓋で隠されているだけで、子どもたちに継承されていくんだ。
子どもたちに継承された恨みや禍根が、何度も、何度も同じ悲劇を繰り返してきたんだ。
それを断つには、周りの、世界の人々の手助けが必要だと思う。
そして、そういった時に、日本だからこそ出来ること、日本だからこそ
手助け出来る事があると思う。パレスチナとイスラエルの子どもを結びつけたように。
最後になるけれど、この紛争で亡くなった全ての方々のご冥福をお祈り申し上げます。
このスレは、約束を果たすケジメみたいなものだからさ。
読んで何かを感じてくれた人に、ボスニアについてもっと関心を持ってもらえれば、
それで俺の役目は果たした事になると思う。
俺が伝えたかったのは、ボスニアの話であって、俺の事じゃないんだ。ごめんね。
別に悲観的になる必要はないんですよ。安心してください。大丈夫です。
すまんいくつか質問させてくれ。答えにくかったらスルーで構わないから
メルヴィナの行方は分からないままか
>>1は向こうで死ぬつもりなのか
もし何らかの形でこの話が金銭を生んだ場合、>>1が望む使い道(出来れば「勝手に使ってくれ」という解答以外で)
メルヴィナの行方はわからない。
ドラガンの弟も知らないんだ。
探しても、どこにも情報がないんだ。
あっちに行ったら、探してみようとは思う。
出来れば、ボスニア・ヘルツェゴビナの為に使ってくれると嬉しい。
民族融和の活動もやっていたと思うから。
今、あの国は綺麗に民族の分布といったら失礼だけど、住んでいるところが綺麗にわかれているんだ。
そして未だに問題は解決していない。あっちの偉い人が言ってたけど、
未だに「世界の火薬庫」のままなんだ。それを解決する為に使って欲しい。
それじゃ、長い時間、そして長文なのに最後まで読んでくれてありがとう。
多くの人が目にするvipにスレを立てたことは間違ってないと思うよ
実際、俺はこの戦争に興味を持って話に耳を傾けているし知るきっかけを作ってくれたお前に感謝してる
でも祐希がこれから出会う人々、嫁、子供、孫に直接話し聞かせてやるって選択肢も間違いじゃないと思うよ
とりあえずカミーユやドラガンたちが命を張って守ってくれたお前の成長した姿を胸を張って見せてこい
何年恨んでたってドラガンとは謝っても許してくれないって仲じゃなかったんだろ
>>1乙 考えるきっかけをくれてありがとう
ああ・・・。ごめん言い忘れてた。この話の全ては信じないで。
日記を元にしているから、実際は間違っている事もあるかもしれない。
こんなこともあったんだと、感じてくれればいいんだ。
自分自身で調べてくれるのが一番いいけどね。
俺よりも辛く壮絶な経験をした人は沢山いるんだ。
紛争を生き抜いた孤児たちは、心に大きな傷を負って暮らしているんだ。
それは一生消えることはないと思う。
さっきボスニアのためにっていったけど、こういった世界の子ども達や人々の為に、たとえ金額が少なくても寄付なり何なりしてもらえれば、嬉しいです。
俺の事は本当に大丈夫だから。心配しないで下さい。それじゃ、元気でね
お疲れ。ありがとな
でもやっぱり俺が感じてた「書き終えた時の不安感」は残ってしまったよ
皆がくれた小さな贈り物は手放してほしくないなあ
できればまた日本に戻ってこいよ
答えてくれてありがとう
最初のスレからずっと張り付いてきたけど、このスレは本当に色々な事を考えさせてくれた
結末を知っていたから、続きを読むのが辛くて厳しいと思ったこともあったけど
最後まで読んで良かった。あまりにも無知だった自分はたくさんの事を教えてもらったよ
>>1が言う何かを感じることが出来たと思う。ボスニアについても興味がわいた
いつか行ってみたいと思うよ。相当先のことになるだろうけど、カリノヴィクや色々なものを見てみたい
これだけの辛い経験をしたんだから、>>1はもう十分生きた。あっちに行くのもそれで正解だ、って思ってたんだよ
でもスルツキの人たちの話を聞いたら、やっぱり>>1には人生を最後まで全うしてほしいと思ったよ
生きろなんて無責任なことは言えないんだが、生きてほしいと思うよ
本当にありがとう>>1
>>1のこともこの話も、絶対に忘れないぞ
もう一つ約束が残ってるじゃないか
>>141の民兵が言ってた
>辛くても生き抜いて、そして胸を張って
>友人に天国で会えるようにしなさいって。
この約束を果たすためにちゃんと帰ってきてくれよ
お疲れ様
書いてくれてありがとう
もし>>1が手記を親父さんに託すならこのスレのことも伝えておいてくれないか
そうすれば>>1の思ってること、もっと多くの人たちに感じてもらえるかもしれない
選択肢は少しでも多くしておいたほうがいいと思うんだ
でもできればもう一度お前に会いたいわ
>>1の思ってること>>1の言葉で聞きたい
じゃあ精一杯生ききってくれな
おやすみ
全ての行動には理由があって、どれだけ愚かに見えても当事者達は必死なんだよね…
誰か一人だけが悪い訳じゃなからやるせないけど、それでも働きかけいかんで
これからを変えていければいい
貴重な体験、語ってくれてホントにありがとう
今大学で旧ユーゴのこと勉強してる。
今日読んだこと絶対に忘れない。
こういう話は、嘘ではいけない。
ネット上では真偽不明の話が伝わりやすい。
本当にこういった事が有りえた事なのか、検証が欲しい。
広まってしまった後におかしい部分を突っ込まれると、
それだけでこの話の説得力が無くなり、
書いた人が知ってほしかったことも伝わらなくなってしまう。
「嘘でも悲惨さが伝わればいい」という意見も出るだろうけど、
そういう考え方で広まったデマは、正に民族間の溝を深める大きな理由となっている。
もし本当なら、この話を広めるのに尽力したい。
そして、この作者は生きて表舞台に出るべきだろう。
この話が民族間の禍根を刺激するような内容であれば、
嘘であってはいけないだろうな。しかし、作者が言うように
どの民族を批難しているわけでもない。
真偽不明の話は数多くある。それをどう判断するかは、
読み手が自分で調べて判断するしかない。
個人的に、これが本当であれば、「生きて表舞台」なんて
言えない。その苦しみを本当に理解出来てるわけじゃ
ないから。
ちょっと出来すぎな話しだな
"出来すぎてない"亡くなり方をした者が大勢いる中で生き残ったのだから、
出来すぎた話に見えるのも至極当然だと思う。
なぜ人は同じ町で貧困にあえいでいる人を無視し、
遠い異国の不幸話に感動するのか?
>>6
思わず笑った。その思慮浅い発言。
自分が身の回りに目を向けていないから、皆もそうだと思い込み、
そして感動話と勘違いをする。どこに感動があるだろう?
これを「感動」と考える人間、そんな人間が貧困について
語るとは笑止千万。
貧困の原因も何もかも根本的に違うだろ…
嘘でもなんでもいい。
たとえ祐希さんが妄想の中の人物だったとしても、生きて欲しい。
だけど、彼の苦しみは彼にしか分からないし、生きてとお願いするのは無責任だ。
祐希さんは生き残れたからこその苦しみにずっと耐えてきたと思う。
日本はこんな国だから、その苦しみを癒すことはできないかもしれないけれど、祐希さんは自分が生きる価値のある人間だということを自覚してほしいな。
誰が悪いわけでもないなら、祐希さんだって何も悪くないよね?
学生時代にWW2のさなか、ドイツによって白昼の空爆を受けた『ゲルニカ』という小さな町と、そこにいた子ども達を主人公にした演劇に参加する機会がありました。
食料の不足や大人たちからの緊迫した空気にあてられながらも、その日を一生懸命に明るく生きていた子ども達の悲しい結末を描いた話でした。
友だちを爆撃で亡くし、復讐心に駆られる子。目の前で親が死ぬのをみて発狂してしまう子。そして、最後にはみんな爆撃機によってその命を散らされる。
遠い国のお話でもなく、昔話の悲劇的な存在としてでもなく、有名なピカソの絵画の題材としてでもなく、目の前に起こりうる現実として、私たちのすぐ隣にある存在としてこの『ゲルニカ』も祐希さんの『ボスニア』も1人でも多くの人に届けていきたいと思います。もしも書籍化されるのでしたら、必ず買います。
そして、祐希さん。
素敵な友だちを8人も得られた貴方はとても幸せですよ。貴方の友だちは、貴方が自分の幸せな人生を送り終えた後で天国の門へ迎えに来てくれます。
友だちのために自分を犠牲にする。
これ以上の愛はないと言います。どうか、自分を卑下しないでその愛を受け取ってください。貴方はこれまでに十分に苦しんで来られました。
もう、自分を許してあげてください。祐希の笑顔をみんなは見たいのです。
先に天国へ行った友だちは今、とても幸せにしてますよ。
ドラガンだって、どんな形にしろ祐希が生きる支えになれたことを誇りには思っても、恨んだりはしていませんよ。
貴方の辛い体験を私たちにシェアしてくれてありがとう。
きっと、この種が大きな大木になって素敵な世界を覆う日がきます。
昔の思い出を妄想する
ttp://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1274223598/
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 07:59:58.62 ID:sViwJ6eP0 [1/10] (PC)
/ニYニヽ
/( ゚ )( ゚ )ヽ
/::::⌒`´⌒::::\ 今から思い出を妄想するっていうw
| ,-)___(-、| 最後の華咲かせるっていうていうw
| l |-┬-| l | 長いから気長に待てっていうw
\ `ー'´ /
2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 08:00:47.19 ID:sViwJ6eP0 [2/10] (PC)
・始めに
この妄想に登場する人物や団体・国家は全て想像上のもので、
現実のものとは何ら関係がないっていう。
どちらを賞賛・批難・中傷するものでもない。(理由は最後に書く)
妄想の中では歴史的背景・宗教が絡んでくるがスルーしてくれっていう。
どうしても気になるという人が多い場合は、歴史的背景等の補足を
入れるかもしれないっていうていう。
先に結論を書いておくっていうw
ソニアは殺されたっていうw
サニャは爆風で死んだっていうw
メルヴィナはレイプされて連れ去られたっていうw
メフメット・カマル・ミルコは行方不明ていうw
カミーユはミーを庇って殺されたwうはwっていう
ドラガンは裏切り者だと思ってたっていうていうw
それじゃ、妄想スタートするっていうw
わからない所は俺の脳内想像しとけっていうwていうw
うーん・・・
11さん、情報をくださりありがとうございます。
祐希さんが書き込むスレは尽く荒らされ、次々と新しいスレに移動していったので全てを把握したつもりができていませんでした。
11さんの続きを以下に書き込みます。内容は前編と重なります。時系列は前編を投稿した日の朝の書き込みとなります。
祐希さんは最初は妄想として書き込もうとしたのかもしれません。
真実はわかりませんが、以下を読んだ皆様に判断をおまかせいたします。
========================================================
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 08:03:03.39 ID:sViwJ6eP0 [3/10]
昭和天皇が崩御あらせられた年から1年程経った頃だった。
保育園の卒業が間近だった俺は、卒園式で披露する歌の練習を友達の
園児とした後、教室で紙ヒコーキを作ったり絵を描いたりしながら
母さんが迎えに来るのを待っていた。
母さんはパートの仕事をしていて、俺を迎えに来る時間は何時も6時過ぎで、
女の先生(保母さん)と一緒に二人で待っていた。この時間にもなると、
残っている園児は俺一人である事が殆どで、何時もまだかまだかとソワソワして
待っていた覚えがある。
以前は、俺が楽しみにしていた戦隊シリーズ(確かターボレンジャーあたり)が
土曜日に放送されていた為、寂しさはあれど不満はなかった。
だけど、途中から金曜日の5時過ぎに放送曜日と時間が変更されてしまった為、
テレビで見れなくなってしまったんだ。当時は確かベータとかいう変なビデオデッキが
あったけれど、予約機能なんてものがなかった為に、シリーズ途中から見れなくなっていた。
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/19(水) 08:05:37.68 ID:sViwJ6eP0 [4/10]
この日も曜日は金曜日だった。今日だけでもいいからお母さん早く帰ってきてと
祈っていた記憶がある。だけど、5時になり、そして6時になり、普段と変わらない時間に
なってしまった。ああ、今日もか。そう思って先生に駄々をこねていたかもしれない。
少し時間が経って、普段と違う事に気づいた。遅くても6時半頃には母さんが迎えに
来るはずなのに、時計を見たときには7時近くになっていた。先生も今日はお母さん遅いね
と言いながら、母さんの仕事場に電話をする為に俺を一人残して教室を出て行った。
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 08:10:08.18 ID:sViwJ6eP0 [5/10]
カチカチと秒針を刻む時計の音がひどく不気味に感じたし、普段は気にしないような
電気が消えた奥のトイレが怖く感じた。数分程経過した頃、先生が戻ってきて俺を
家の近くに住む爺さんの家に送り届けてくれることになった。
爺さんの家に着いてから、お母さんお仕事遅いねといったやりとりをしたが、
その時の爺さんの表情は暗いものだった。保育園で過ごした日々の記憶は
今になっては殆ど薄れ、忘れてしまったけれど、この日の記憶は今も鮮明に覚えている。
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/19(水) 08:15:12.63 ID:sViwJ6eP0 [6/10]
それから何日も母さんを待ったけれど、結局母さんは帰ってこなかった。
後に知った事ではあるけれど、母さんはとっくにパートを辞めていて、
外に男を作っていたらしく、つまりは俺と単身赴任している父さんを捨てて
二人で駆け落ちをしてしまったんだ。
父さんは海外で仕事をしていたから直ぐに会えるわけでもない。
俺は一人ぼっちになった。父さんの親族も母さんの親族も、小学生にあがる程成長した
俺の養育を拒否してさ、当然といえば当然ではあるけれど。
誰が好んで面倒がかかる時期の子どもをわざわざ引き取るんだって話だ。
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/19(水) 08:17:28.44 ID:bTHnquh6O
だまれ
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/19(水) 08:21:44.44 ID:sViwJ6eP0 [7/10]
>>7
ありがとう。面白くない話なんだけど、どうしても伝えたいんだ。
もう少しで仕事の引継ぎが終わるから、そしたらもう日本に
帰ってくる事はないんだ。だからどうか書かせて欲しい。
子どもなのに、少し諦めに近い感情を抱きつつあった。だけど、父さんと一緒に
暮らせるとわかった時は、とても嬉しかったんだ。母さんと一緒に暮らしていた期間の
方が断然長く、父さんとは殆ど会えなかったけれど、俺は父さんが大好きだった。
だから、婆さんからもうすぐ父さんが迎えに来ると言われたときは、ほっとすると
同時に、嬉しかった。諦めのような感情があったとはいえ、これで自分の居場所が
出来る様な気分だったように思う。まだ幼い俺にとって、爺さんや親戚の家は、
とても息が詰まって、そして肩身が狭かった。一種の悲劇のヒーローのような
気分を味わっていた。
父さんが迎えに来た日、確か4月の下旬頃だった。1年ぶりの再会であり、あまりにも久しぶり
すぎた俺は、最初父さんの顔が認識出来なかった。いや、父さんかもしれないけれど、父さんでは
ないかもしれないといった感覚だな。それ程、当時の俺にとって1年という期間は長いものだった。
父さんは「すまない。」と一言俺に言って、「大きくなったな。」と微笑んだ。
そんな事を言う前に、俺からしてみれば最初から日本で仕事をしていてくれよ、といった感じだったな。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/19(水) 08:25:26.51 ID:sViwJ6eP0 [8/10]
空港から、トルコ経由で向かったわけだけれど、機内から見る空は美しかった。というより眩しかった。
途中で降りた空港には、飛行機の中とは比べ物にならない程の異国の人々がごった返していた。
そこから首都まで乗り換えて向かい、初めて降り立った外国の地というものは、少し気持ち悪かった。
日本と違い、建物はみな似たような作りと色合いで、何で?と疑問に思ったものだ。外国人も背が高く怖いし、
そもそも日本語ではない言葉を話している。
当時は、テレビ以外で外国人を目にする機会というものが無かったんだ。だから初めて自分の目で見る
外国人は、奇妙に思えて少し怖かった。それに、言葉というものが国によって異なるというのを、まだ当時は
きちんと認識出来ていなかったんだ。つまり、標準語はテレビの中だけ、みたいな感覚だな。
テレビの中だから変な言葉を使うような感じだ。その為、彼らが話す暗号のような言葉を話すのは
余計に奇妙に感じた。
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/19(水) 08:29:46.98 ID:sViwJ6eP0 [9/10]
俺が父さんと一緒に暮らす事になった街は、首都から車で結構走ったところで、人口数千人位だった。
日本と比べると、人口密度はかなり低い場所だった。街の周りは高原(草原)や山々に囲まれている盆地のような
場所で、建ち並ぶ様式が統一された住居はとても綺麗だった。
オレンジ色の屋根に、白い壁。当時の日本(といっても、俺の地元)では目にする事が無かった為、
はじめは奇抜に見えた。
子どもが親についていき、海外で暮らす場合、多くは日本人学校等に入る事になると思うのだけれど、
俺の住む街には日本人学校どころか日本人すらいない。いや、俺と父さんの二人はいたけどさ。
不安を抱きながら学校へ行っても、皆何を言っているのか理解出来ないわけだ。当然、俺は一人ぼっちだった。
自己紹介すらきちんと出来なかったからな。
もう少し年を取っていれば、ノリで仲良くする、フレンドリーに接するなんて事が出来たかもしれない。
だけど、当時の俺にそんなスキルがあるはずもなく、どうしようもなかったんだ。
その為、最初の2週間ほどは非常に苦痛だった。父さんが家に居るという事だけが、
唯一俺の救いだった。だって、俺に居場所があるんだからさ。
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/19(水) 08:34:36.77 ID:sViwJ6eP0 [10/10]
それでも、忍耐やら我慢といった言葉が辞書にはまだなかった俺には、辛かった。
遊びたい盛りの当時の俺にとって、こうした寂しさを我慢するというのは、限界が近づきつつあったんだ。
だから、何か遊ぶものを探そうと思って、休みの日にふらっと一人で街を散策していたんだ。
一人で街中に行くのは初めてだったから、少し迷ったりしたけれどね。
街を行きかう人々を見ながら、学校の方へと歩いていくと、道の端にある空き地で子ども達がサッカーをしていた。
とても羨ましくて、「いいなぁー。」と思ったわけだけれど、「いーれーてっ!」といった言葉はかけられない。
というより、その言葉が話せないからな。だから、何も声に出せず、もじもじしながら、その子ども達が遊んでいるのを
空き地の端っこでぼーっと眺めていたんだ。
そうとう入れて欲しそうな顔をしていたのかもしれない。サッカーをしている男子の輪の中にいた一人が、
じっと見つめている俺に気づいてさ、「一緒に遊ぶ?」と聞いてきてくれたんだ。
実際には、そう言ったのだろうというレベルで、俺にはまだこの子が何を話しているのか理解できなかったけれどね。
ここでスレは落ちました。お読みいただいたらわかるとおり、中編のはじめと重なるためこちらの内容は本編には加えないかもしれません。ただ、スレ中の>>7さんへの返答等、祐希さんの言葉を全て残しておくべきかもしれません。少し考えさせてください。ご意見があればお教えください。
真偽は判りませんがこのようなことを考えるきっかけ、機会として良かったのではないかと考えます。
スルーしたほうがいいのか迷いましたが、
このスレのまとめる為ここをを始められたようですので僭越ながらコメントいたしました。
>> ※11
ご意見ありがとうございます。
祐希さんの言葉が真実かそれとも想像かは祐希さんだけが知っています。
ですが、戦争があったのは事実であり、11さんのおっしゃるとおり遠い国で起こった出来事ではなく身近なものとして考えるきっかけを与えてくれた祐希さんに感謝しています。見落としていた祐希さんのスレを教えてくださった11さん。ありがとうございました。
皆様もご意見ありがとうございます。考えながら読ませていただいております。
今後、管理人が書き込む事はあまり無いかと思いますが、祐希さんの言葉を一人でも多くの方に読んでいただけるよう祈ります。
※11はVIPのノリで広めようと、関心を持ってもらおうとした行為じゃないか?
いわゆる黒歴史というやつ
映画のプロローグの様な長文は、出版社に持ち込んだときの文のまま転載したんじゃね
リアクションが皆無だからスレタイを改めやり直した・・・と思うけどね
感情的になって、あるいは回りに流されて、
自分の魂が望まないことや客観的に見て馬鹿げたことを
やってしまうのは浅はかな人間の性なのか
自身も含めて誰もが望まないようなこと、つまり全てを暴力に訴えることをするのは
一体なんだろうね
欧州在住です。10年ほど前にイギリス制作(だったと思います)のテレビ映画で、NATO軍の一員として参加したイギリス兵がコソヴォで体験したことを元にしたドラマを見ました。ショックでした。祐希さんの体験談とかなり近い内容のものでした。その出来事がはるか昔の出来事ではなく(私自身、日本で大学生から社会人になった頃)、飛行機で数時間のところで起きていたことに・・・。内戦当時、日本でもニュースなどで耳にしてはいたけど、自分からは遠いことのように思っていたこと。ただ、深夜のニュース(97年ぐらい?)で現地で結婚していた日本人女性が子供を連れて日本に無事帰国した(御主人は殺された、ということでした)、というのを見て、国際結婚する自分の将来にもあり得ることかも、と思ったのを思い出しました。高校生の時に読んだ『石の花』という漫画も世界に目を向けるきっかけになった本で、第二次世界大戦時のユーゴのことをかいたものです。詳しい内容は覚えていないけど、楽しい遠足の帰りに突然爆撃にあい、山の中に逃げる、というのが話の始まりだったと思います。日本でノホホ〜ンと暮らしてきた私の頭をガツンとやられたこの場面が忘れられません。今の日本の若者に学校でもっとこういう事をつたえるべきだと思います。祐希さんの体験した事を多くの人に、特に若者に知ってもらいたいですね。長々と失礼しました。
真偽もなにも、実際にあの辺ではこれが日常になってたんだよね。
祐希と言う男の子が実在しなくても、メルヴィナは8歳なのにレイプされたし、
ソニアは殺された、ってのは現実に至る所で起こった。
祐希が存在しないからこの話は自分たちとは関係ないってのは全然違うと思うし。
だけど、「サラエボの花」も「あなたになら言える秘密のこと」も見たし、
ルワンダ系もホロコースト系も色々映画や本を見たけど、
想像力が追いつかなくて呆然としてしまう。
なぁ・・・この話、できるだけ多くの人へ発信できるようにできないか?
例えばまとめサイトとかまとめwikiを建てるとか、まずどうにかして。
だって、これ見て何もしないままなんて、僕にはできないよ・・・
※26
まとめwikiなら既に作られてる。
http://www37.atwiki.jp/yuki_yugoslav/
他サイトがまとめやすいように?かは知らないけど、過去ログも
ある。詳しく書いてあるから、読んでみるといいよ。
h ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm9249014
久々に泣いた(`;ω;´)
真剣に読んでいるからあえて聞きたいんだけど、なぜ最後の歌が、ルイ アームストロングの英語の歌なんだ?彼らの間では、誰でも歌えるほど知られているのか?多くの人に読んでもらいたいが、この点だけはひっかかる。
What a Wonderful Worldはベトナム戦争時の反戦の歌だからではないですか?あちらの人は英語をなまりがあるけど普通に話すし。私は戦争をしているユーゴの国から海外に逃げてきた人に似たような話を聞いた。
どうか死なないで欲しい。
涙鼻水ダダ漏れッス。
零細出版だけど、世に広めるための力にモノスゴくなりたい。
日本に帰ってきてね。
絶対に。
絶対に。
絶対に!
まあすでにここのコメにも書いてあるけどこいつの話の真偽はともかくとして、
バルカンにおける民族対立や戦争における残虐行為については疑いようがねーよ
大量虐殺も拷問もレイプも事実
泣きすぎて目が腫れた
・・・・・・・わかんねぇよ
ボスニア人セルビア人クロアチア人はそれぞれ殺したりレイプしたりするほどお互い憎み合ってるのに、日本人のこの人は助けて抱きしめられるんだ?
そんなに民族や宗教が大事なのか?
大事なんだろうな
親父さん、よく生きてたな
※27
サンクス。さて、できるだけそこを紹介するよう努めるか
知り合いで、子供の頃に内戦(ボスニアじゃない)で両親を殺されて、逃げるために数年間も山奥で過ごした人を知ってる。でも彼はここに書かれている人物とは違って、神様は素晴らしい、神様に感謝している、と言ってました。
今読んでこれを書いた作者がどこでどうしてるのかすごく気になる 心の底から生きててほしいと思う 今自分がいる状況がどれほど幸せか そしてそれを当たり前にただノウノウと幸せな時間を生きている自分に怒りを覚えた 作者がどうゆう思いで書いたのか考えただけで胸の奥が引き裂かれそうになる だから作者の望んだように少しでも 本当に少しでも この世界でいつ殺されるか分からない人々の命を救いたい そう思いました あと作者が約束を守り生きていることを信じています 目の前で友達が死んでいくのを見て どう思ったのかなんて 俺には想像もつかないけど 友達が命を張ってくれたからこそ今の作者がいる 作者の命は作者だけのものじゃない 目の前で死んでいった仲間たちのものでもある だから仲間たちの分までその人生を謳歌してください 俺がいった事はきれい事かも知れないけれど俺は心の底からそうおもっています この話を書いてくれてありがとう
今このときにも、この空の延長の下誰かがこんな目にあっているんだ。
てかこれは“余所の国の出来事”じゃないよね。ちょっと前には日本にもこんな時代はあった。しっかり受け継ごう。正しく受け継がれなくなったときが再び戦争のおこる時。
全ての国が核兵器を所有している時代が来ても、日本だけは非核の姿勢を貫いて欲しい。
文才が恐ろしい程無いな。
読みにくくて飛ばしまくったわ。
※7
お前安価間違えてねえか?
話自体嘘か本当は分からないが目頭が熱くなった
本当に現実なんだな。
信じられないけど現実なんだ。
すごく泣いた。年甲斐もなく泣いてしまった。
不謹慎かもしれないが、小説とか漫画の、所謂創作物の主人公のような半生を送ってらっしゃるなと思った。
自分を救うために周りの人間が次々と死んで行く。
なす術もなく立ち尽くしている自分に、皆は希望を託す。
私なら耐えられないと思う。
けど、我儘を承知で言わせてもらえば、このスレ主は生きて、全国で講演とかして、この話を伝えていってもらいたい。
何年前のスレに言ってるんだとか思うかもしれないけれど、心底そう思った。
えっと。この話は結局、創作だった訳だけど
ネタ晴らしのやり取りをまとめないのは何故?
まぁやり取り自体は主が読み手に何で創作って気付かないの?って煽る内容で
とても後味悪かったからあれだけど
せめて創作だと書いておかないと勘違いする人が続出すると思う
悲しいな
皆まだまだこれからの人生だったのにさ
これ以上俺がなんか言っても1に対する気休めでしかないけどさ、生きてくれ
汚くても何でもいいから1だけは生きてくれ
本当に絶対に生きてくれよ
あと数日生き延びればソニアも一緒に保護されたかもしれないのに…
メルヴィナは生きてるといいな…
寝る前に見るもんじゃないな…
悲しい話だ。